第36話 ハートブレイク・タイム

「瑠璃垣、ここ座る?」


 俺は立ち上がり、気まずそうに立ち尽くす瑠璃垣に、席を譲る。瑠璃垣は怪訝そうな顔をして、


「でも、おまえは?」


 と言う。遅れて席を立った赤根崎がフォローを入れてくれた。


「これから、ぼくらは出番なんだ」


 ステージでは三番目のバンドが登場し、チューニングを始めている。彼らの出番が終われば、生徒会の演劇だ。


 俺は改めて、瑠璃垣に席を譲る。入れ替わるように瑠璃垣とすれ違い、振り返ると、伊織が微笑んでいるのが見えた。


「伊織、瑠璃垣のこといじめるなよ」


 反応を返してきたのは伊織ではなく、瑠璃垣だった。


「はあ!? おまえ、誰に向かって口きいてんの!?」


 いきり立った瑠璃垣の袖を伊織が掴んで、なだめる。


「誰が、誰をいじめるのさ。私は誰にだってやさしいだろう」


「瑠璃垣のこと、何回泣かせた?」


「泣いてねえって!」


 瑠璃垣は不機嫌そうな態度を取る。だけど、それはあくまでもポーズだということが、俺たちにも伝わってきた。


「おまえら、本当にゆるさねえ。ビブリオゲーム、負けたらどうなるか分かってんだろうな?」


「瑠璃垣の言うこと、何でも聞いてやるよ」


「なめやがって……!」


「恋人、横取りしようとするやつに、誰がやさしくするんだよ」


 俺がそう言うと、藤村が吹き出して笑った。つられて伊織も笑い出し、瑠璃垣も、にやっ、と口角をあげた。


 赤根崎がそろそろと俺に声をかけてくる。俺は、


「じゃあ、いってくる」


 と手をあげる。いってらしゃいと伊織が送り出してくれて、藤村も赤根崎のついでに応援をくれた。


 それから、瑠璃垣が俺を真剣に見る。


「新聞、読んだよ」


 どうだった? と俺は尋ねた。


「バカップルみてえだな、と思った」


 最高の誉め言葉じゃないか、と伊織が叫ぶ。


 俺は、バカップルみたいなこと言うな、と伊織を叱った。

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