第33話 お化けなんてないさ、お化けなんてうそさ

 伊織のクラスに行くと、受付には藤村がいた。


「おぉ~、いらっしゃいませ。お二人ですかぁ?」


 往生際悪く、伊織は


「私は入らないよ、お一人様だよ!」


 と中に入るのを拒否する。元々、無理強いをするつもりはなかったけれど、ここまで強情だと、俺も楽しくなってきてしまうのだが、


「俺は伊織と一緒に入りたいんだけど、どうしても駄目?」


 と聞くと、伊織はもにょもにょと言い訳をしていたが、急に背筋をぴんと伸ばして、


「き、君がそういうなら入ろうか……」


 と言った。それを聞いた藤村はとびっきりの笑顔を浮かべて、扉の前に立つよう指示した。そして、お化け屋敷の扉を開く。中は暗幕で覆われていて、薄暗かった。


「伊織ちゃん、入りま~す!」


 藤村の声とともに、中に押し込まれる。すると、薄暗い教室がどよめいて、波が引くようにさっと静かになる。目が暗闇に慣れるまでの一瞬で、物々しい雰囲気が滲み出て、腹の底が冷えるような感じがした。


「責任とってくれるんだろう……?」


 俺にしがみついた伊織が、そうつぶやく。


 文化祭のお化け屋敷なんてたかが知れている。そう思っていたのだけれど、いざ中に入ると、足が竦んだ。身じろぎ一つするのも怖いくらいの空気が、ひんやりと肌に吸い付いてくる。


 これは何だろう、と思う暇はなかった。


 かたん、という物音が後ろから聞こえた。当然、後ろには扉があって、誰もそこに立てるはずはなかった。


 それなのに、俺たちの後ろには、真っ白な人影が立っていた。


「っ……!」


 俺が反応するより早く、伊織が駆け出していた。俺は腕を引かれた衝撃で、つんのめる。


「い、伊織!?」


「あ、あんなのトリックだよ……! 私は知っているんだから……! か、鏡が、鏡が貼りつけてあるんだ……!」


 鏡? そう言われてみると、確かにそんな気がしてくる。


 だけど、鏡ということは……?


 真っ白な人影が行く手を遮るように、俺たちの目の前に現れた。そして、ちょうどパーテンションの壁が途切れて、右に道が続く。


 伊織は人影の横を高速ですり抜けて、鋭角に角を曲がった。伊織はもう、お化け屋敷を駆け抜けるつもりでいるらしかった。後ろの方から


「緑川ちゃん、がんば~」


 と声が追いかけてきた。クラスメイトたちは、本気で伊織を怖がらせようとしているらしい。


「種も仕掛けも知っているんだから、怖いわけないだろう!?」


 影の方から忍び笑いが聞こえてきたけれど、聞こえなかったことにした。物々しい雰囲気は、これだったんだなと納得した。


+++


 お化け屋敷から出たあと、伊織がぐったりしていたので、受付を手伝う代わりに藤村に椅子を貸してもらった。


「怖いものが苦手なんて、伊織ちゃん、かわいいですよね」


「怖くない……お化けなんて」


 ぐったりしているくせに、伊織は反論するのをやめない。藤村は行列をさばきつつ、


「伊織ちゃんのおかげで、行列が長くなりましたよ?」


 と穏やかに笑う。伊織はふくれ面で、


「それ、皮肉?」


 と返す。それでも藤村はニコニコして、


「伊織ちゃんの宣伝効果は抜群ですね」


 と言った。


「......みんなの役に立てたなら、うれしいよ」


 ツンデレいただきました、と藤村がからかった。

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