第32話 まるで普通の文化祭のような…

 図書委員の展示はほどよく盛況で、新聞を眺める人の列が流れるように移ろっていく。彼らは手にした投票権を、良いと思ったビブリオの箱に入れて、思い思いの表情を見せる。


 それは、まだ見ぬ本の世界に思いをはせる眼差しであったり、既に読んだ本を反芻して思い出す口元のゆるみだったりした。


 俺と伊織は(それに図書委員たちも)観客のそんな顔を眺めては、誇らしい気持ちになった。元々、本に親しんでもらうための企画で、ここまで真剣にビブリオゲームに参加してもらえたら、これ以上うれしいことはない。


「原稿を書くのなんて、もう二度と嫌だと思ったけどなあ」


 と俺が言うと、伊織はにやりと笑う。


「いつの間に、君はそんなに本が好きになったの?」


 そのジョークに、黒石もつられて笑った。俺は


「伊織のせいだよ」


 と反論したけれど軽くあしらわれ、黒石が真面目な顔で、


「委員長の本好きは、感染しますから」


 と俺に言う。


「そんなことより、藍田さんの御母上が絵本作家のだったとは知りませんでした。むかし、両親に読み聞かせてもらっていましたよ」


 俺は面映ゆさに、顔を逸らす。


「親と俺は、別に関係ないから」


「ですが、藍田さんの文章はやさしくて、どこかを連想させますよ」


 何と言おうか迷っていると、伊織が俺の代わりに返事をしてくれた。


「それは黒石くんの先入観だよ。親が絵本作家だって知っていたから」


 君の文章は君にしか書けない文章だったと思うよ、と伊織がフォローしてくれる。


 黒石も伊織の指摘を素直に受け入れて、頭を下げてくれた。


「平気だよ、気にしてないから」


+++


 その後、黒石に追い出された。曰く、委員長はこちらにかかりきりすぎます、ということだった。彼なりに気をつかってくれたのだろう。俺と伊織にほかの展示を見てくるように、と背中を押してくれたのだった。


「私は、それなりに楽しんでいたんだけどな」


「俺のクラスに来るまで、どこ行ってた?」


 俺の質問に、伊織はそっぽを向いて、


「浮気でも疑ってるの?」


 とわざとふざける。俺が構わず追い打ちに、


「どうせずっと、空き教室にいたんだろう」


 と言うと、伊織は開き直って、悪い? と言う。俺はいじわるついでに、ある提案をする。


「じゃあ、伊織のクラスに行こう」


 えっ、とたじろいだ伊織の手を掴んで、廊下の人波を縫って行く。


「き、君は、私が怖いのダメだって知ってるだろ……!?」


「ちゃんとクラスの手伝いもしないとな」


 もちろん、伊織は宣伝担当だ。綺麗な悲鳴を聞かせてくれると、クラスの方はきっと助かる。

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