第31話 緑の瞳の怪物はだれ?

 暗闇の中に光が見える。


 緑色の光。


 どん底の泥のように重たい暗闇で、その光だけが綺麗にかがやいている。


 行く先を指し示すように、あるいは、孤独を見守るように。


+++


 昼を過ぎて、文化祭の人込みはよりいっそう激しくなっていた。人波を縫うように、空き教室に足を向ける。すれ違う誰もが楽しそうに、連れ立った友人や恋人、家族や兄弟と笑いあっている。


 俺には行き交う人々のそんな姿が、眩しく見える。溜め息一つついて、俺は足を速めた。


 空き教室が近付くと、廊下から中が見えた。立てられたパーテンションの一つひとつに新聞が飾られている。その中の一つの前に、伊織が立っていた。


 伊織はその緑の瞳で、新聞の文字を一つずつ追っていく。視線が動くたびに、伊織の瞳へ差し込む光の角度が変わって、本当に宝石みたいにきらめく。伊織は短い原稿を何度も読み返しているみたいだった。何度も、何度も視線を往復させて、微笑んだり、眉根を寄せたり、ころころと表情を変える。


 瞳の光もやわらかくなったり、するどくなったり、伊織の表情に合わせて変化する。春の日差しのような光、夏のぎらぎらした光……いろいろな、伊織の中に隠れていて、いつもは見えないものたちが、今だけは見える気がした。


「藍田さん、見てくださいよ。いい出来でしょう!」


 俺に気付いた黒石が、声をかけてくる。朝も見たというのに、黒石は新聞を指差して、大はしゃぎする。


「……ほんとに助かったよ、間に合わせてくれて」


「当然です。お二人の運命がかかっているんですから!」


 生真面目な顔で、運命と言うから、俺は少し笑ってしまいそうになる。俺からすれば、あの新聞は、ラブレターを公開しているようなものなのだけれど。


 でも、それを向ける相手が彼女なら、少しも不満ない。


「伊織」


 振り向いた彼女が、その瞳を俺に向ける。


 暗闇の中で、たった一つ光る星みたいに――。


+++


 『みどりのひとみのかいぶつはだれ?』作・絵 あいだかすみ


 まっくらやみに、二つのひとみがうかんでいます。


(――綺麗なエメラルドの挿し絵、楕円のブリリアントカット)


 じっとこちらをにらんでいます。おしいれのなかや、ふとんのなか、夜のまどのそとにも、ひとみはじっとうかんで、こちらを見ています。


 それはかいぶつのひとみです。みどりいろのひとみです。


 かいぶつのからだはまっくろで、だれにもきづいてもらえません。


(――怪物の獰猛な瞳、爬虫類の瞳)


 かいぶつのひとみには、わたしたちには見えないものが見えているそうです。


 君がおとしものをひろってあげたとき、かいぶつには君のが見えます。


(――ハンカチを手渡す小学生、受け取る女の子の後ろ姿)


 君がお礼を言ってもらえたとき、かいぶつには君のが見えます。


 かいぶつはいつも君のことを見ています。


(――小学生の笑顔と、怪物の瞳。怪物は少しかなしそう)


 だけど、かいぶつはだれにも見つけてもらえません。


 かいぶつのひとみはとってもきれいなのに、だれも見つけてあげられません。


(――雫の滴るエメラルド、曇ったガラスみたい)


 かいぶつはまっくらやみに、いつも一人です。


(まっくろに塗りつぶされたページ、涙のあとが少し)


 わたしはかいぶつのなまえを知っているから、君にだけとくべつにおしえてあげましょう。


 君がなまえをよんであげたら、かいぶつはきっとよろこんでくれるはずです。


(――まっくろなページに、まっしろな手紙が一枚)


(まっしろな手紙、絵本に、クレヨンで直接書かれている)


(いおりちゃん)


 かいぶつのひとみが、まっくらやみにうかんでいます。だけど、もうさみしそうじゃありません。


(――小学生の男の子と、女の子が手を繋いでいる)

 

 二人は、いつまでもなかよしでした。


 ずっとずっと、なかよしでした。


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