第30話 客とメイドの五分間戦争

 文化祭が始まった。一般公開の入場者が廊下にあふれかえり、見慣れた学校の景色がまったく別のものに生まれ変わる。奇抜な衣装の学生が、看板を持って廊下を練り歩き、大人も小学生も、はしゃぎ浮かれている。


 俺たちのクラスも一人目のお客さんを迎え入れ、文化祭が始まったという実感がふつふつと湧いてきた。おにーさん、と呼ばれ、俺も接客に向かう。


 パーテンションで区切られたバックヤードから出るとき、こちらへ戻ってくる葉山とすれ違ったが、俺も葉山も何も言わなかった。彼女は長いスカートをなびかせて、客の視線を集めていた。


 それからしばらく喫茶店はほどほどの忙しさで回り、調理も接客もこなれてきたところで、昼のラッシュが来た。基本的にはアルバイト経験者で客をさばきつつ、未経験の人たちにはフォローに回ってもらうことになった。


 そして、それを決めたのは葉山だった。


「藍田くん、八番テーブル、お冷出てないよ」


 葉山に指摘され、慌てて用意すると、客は年配の御婦人方で、初々しい接客をどうにか好意的に受け止めてもらえた。


 俺も経験者としてカウントされているけれど、こういう飲食業は未経験で、伊織が遊びに来たことも教えてもらうまで気付かないくらいだった。


「ふふ、もう少し落ち着いた時間に来ればよかったかな」


 藤村と一緒に来ていた伊織は、俺の格好を上から下までじっくりと眺めて、にやりと笑った。


「料理は、葉山さんに持ってきてもらいたいな」


 ケーキセットを注文した伊織は、遊びのない表情で言う。メニューから顔をあげた藤村が、同じものをと頼む横で、俺は、


「喧嘩は店の外で頼むよ」


 と言った。バックヤードへ戻り、葉山に担当しているテーブルを交換してもらう。


「葉山、指名」


「……緑川さん? 注文は?」


 葉山の態度は事務的で、目も合わせなかった。


 俺は伝票を渡し、出来上がっていた料理を持って出る。藍田くん、と葉山が俺を呼ぶ。


「藍田くん、私、まだ諦めてないから」


 ラッシュはものの三十分ほどで落ち着いた。俺はバックヤードとテーブルを行き来しながら、葉山と伊織のやり取りを横目で窺っていたが、会話までは聞こえなかった。


 ただ、二人は少しも笑っておらず、真剣な顔でやり取りしているのだけが見えた。


+++


 会計の時、伊織はおらず、藤村が二人分を払っていった。


「伊織ちゃんは図書委員の方にいるそうです。こちらが終わったら、迎えに行ってあげてくださいね」


 お釣りを渡して、


「赤根崎とはいつごろ約束してるの?」


 と尋ねると、藤村はえへへと


「これから待ち合わせです」


 と言った。それから続けて出てきた


「生徒会のお手伝いをするんですよ」


 という言葉に、俺は愛想笑いしか返せなかった。赤根崎はどういう言葉で、藤村を誘ったのだろうか。


 去り際、藤村は俺を真剣に見つめて、


「藍田さん、ビブリオゲームの新聞、とてもよかったです」


 と言って、サムズアップした。


「私も、あの絵本が大好きでした」

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