第23話 舞姫・異聞

「君のことが好きなんだ」


 緑川のその言葉は、以前に聞いたときより歪んでしまっていた。あのとき、彼女は俺を真っ直ぐ見つめて、同じ言葉を言った。


 だけど、今は違った。緑川は手で顔を覆い、涙をこらえるような必死さで、どうにか声をしぼり出していた。緑川の肩はかすかに震えている。緑川を慰めようと手を伸ばしたとき、


「君は私の隣にいなきゃダメだ!」


 俺は緑川に掴みかかられて、一歩たじろいだ。緑川はかまわず続ける。


「君は私の恋人で、私の隣にいて、私を愛してくれなきゃ嫌だ。それ以外の君なんか大っ嫌いだ。私以外の女の子と話すのも、本当は禁止したいくらいなのに、私はもう君の恋人じゃない。君は私のことなんか好きじゃないんだぁ……!」


 わっ、と緑川が涙を流した。俺の服を掴んで、ゆっくりと崩れ落ちていく。


 俺は緑川をどうにか支えて、しゃがみこんだ彼女に合わせて、膝をついた。目線を合わせて、緑川の瞳を覗き込むと、そこには綺麗な光がきらきらと瞬いていた。


「嘘ついて、ごめん」


「今度こそ、別れようってこと?」


「違う」


 そう言ってから、俺は笑ってしまった。緑川が怒るけれど、笑うのをやめられなかった。今までずっと、緑川は俺とは生きてる次元が違うと思っていたから。


 俺は緑川にはふさわしくない。俺はイケメンでもないし、話も面白くないし、緑川を傷付けるような駄目な恋人だ。だけど、そんなこと関係ない。なかったんだ。


「今日は、告白に来たんだ。緑川」


 告白? と彼女が聞き返してくる。俺はそのを、問い返す。


「緑川、君が好きだ。俺の恋人になってほしい」


 俺が好きになった人は、綺麗な瞳をしていた。


 まるでおとぎ話の国から来たような、とても美しい人で、自信に満ち溢れていて眩しくて、彼女の明るさが周りを照らす。そんな人を、俺は好きになった。


「離れていて分かったんだ。緑川にふさわしい恋人になりたいって思ってたのは、自分の本心をごまかすための言い訳だったんだって。俺はどんなときでも、緑川の隣にいたい。隣じゃなきゃ嫌だ。好きなんだ、緑川伊織が」


 俺はペンダントを緑川に見せる。彼女がくれた緑の宝石のペンダントを。


「ごめん、。ずっとそばにいてくれたのに」

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