第18話 ビブリオ・アンケート

 文化祭が近付きつつある。クラスの催し物は、メイド・執事喫茶に決まり、事前準備もそこそこの忙しさで進んでいる。


 緑川のクラスはお化け屋敷をやるらしく、ダンボール工作が大変そうだった。さらには、緑川は図書委員の催し物もあり、直前まで部活がある俺に比べると、普段の三倍ほど忙しそうにしている。


「や、やあ。君、少しそこで待っててくれる?」


 図書室に寄ると、緑川がほかの図書委員と一緒に壁掛け新聞を作っていた。


「何か、手伝うことある?」


 声をかけると、緑川は、


「力仕事になっちゃうけど……いいかな?」


 と申し訳なさそうにする。


「何で遠慮してるんだよ」


「君を筋肉ばかみたいに言うのも悪いかな、と思って」


「いや、言ってるからな」


 と突っ込むと、緑川はうれしそうに笑った。


「悪いね、図書委員でもないのに」


「いいよ、俺が手伝いたいだけだから」


「君は私にメロメロだものね」


 そうだな、と同意して、パーテンションを空き教室に運んだ。いつもは人気のない放課後の廊下も、文化祭に浮かれた学生が行き交っていて、活気があった。


「そういえば、図書委員はどんな出し物をするんだ?」


 後から付いて来た緑川に、俺は聞いた。


「ビブリオゲームをやろうと思ってる」


 ビブリオゲームとは、何人かで本の紹介をして、どの本が一番読みたくなったのかを決めるゲームらしい。一番は参加者の投票で決まる。本来は、スピーチの形式でスピーチのあとにはディスカッションもあるらしいが、今回はルールを変更して、壁掛け新聞を掲示して、それを見た来場者に投票してもらうのだという。


「緑川も参加するのか?」


「筆跡で誰か分からないようにしてあるからね。君も、投票して大丈夫だよ」


「俺が緑川に投票するのが当たり前みたいな言い方だ」


 にやりと笑った緑川は、違うの? と挑発するように言った。


「……俺はちゃんと選んで、緑川に投票するよ」


+++


 先にパーテンションを運び出していた、別の図書委員が空き教室の前で止まっていた。中を覗き込んで、何だかそわそわしている。


 何かあったの? と緑川が声をかけると、その図書委員は空き教室の中を指差した。


 俺と緑川は顔を見合わせ、夕日の差し込む教室の扉を開けた。


 中には、瑠璃垣がいた。机に向かって、課題を解いているようだった。扉の開く音に振り返った瑠璃垣は、迷惑そうに俺たちを睨んでいたが、すぐに緑川に気付いて、


「あっ、み、緑川……!」


「お邪魔するね。これを置いたら、すぐに出ていくから」


 これ、と言いつつ、緑川はパーテンションを指差す。瑠璃垣は腕を振って、否定する。


「あたしが勝手にここ使ってるだけだから」


 俺のときと態度が違うよな、とは思ったが、さすがに口にはしなかった。


「出ていった方がいい?」


 と言う瑠璃垣に、緑川は


「追試は大丈夫そう?」


 と話題を変えた。瑠璃垣は机の上のプリントを急いでまとめて、脇のカバンに隠すように押し込んだ。


「……何でもないよ、こんなの。全然平気」


 荷物をまとめて教室を出ていこうとする瑠璃垣に、緑川が、


「じゃあ、余裕あるってことだ」


 と尋ねる。言い切るような強い語尾に、瑠璃垣が一瞬固まった隙に、緑川は続きを話す。


「瑠璃垣も、ビブリオゲームに参加してよ」


 緑川はもう一度、パーテンションを指差して、


「あれ、一枚余ってるんだ。瑠璃垣が埋めてくれると助かる」


 瑠璃垣が何とかして断ろうとしているのが分かった。俺の方を一瞬、鋭い視線で見たが、無視した。緑川がダメ押しをする。


「いつも瑠璃垣さんが感想を話してくれるの、うれしいと思っていたんだ。瑠璃垣さんなら、きっといいゲームになるよ」


 瑠璃垣はそれでも断る理由を探していたが、最後は諦めたように静かに頷いた。


「分かった。考えてくる」


「原稿が出来たら、私に寄越してくれる? あとはこっちで責任をもって作るよ」


 緑川が図書室にもどっていき、パーテンションがどんどんと空き教室に運びこまれる。瑠璃垣は俺の方を見て、舌打ちした。


「何で、おまえが緑川と一緒にいるんだよ」


「……確かにそうだよな。今は恋人じゃないのに」


 おい、と瑠璃垣が噛みついてくる。


「それ、本当か?」


「ああ、向こうはそう思ってないみたいだけど」


「は? それ普通は逆だろ」


 瑠璃垣はどことなくうれしそうな顔で、にやけていた。

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