第19話 青天の霹靂
緑川と瑠璃垣は、ビブリオゲームの原稿のことで、色々とやり取りをしているらしい。緑川は忙しいのか、顔を見せに来る回数がめっきり減った。
代わりに、藤村が教室に来て、緑川のことを教えてくれる。
「今日の伊織ちゃんは、寝癖を直す時間もなかったのか、簡単に後ろでまとめた髪型ですよ。珍しく気を抜いた感じで、かわいかったです」
とか、
「伊織ちゃんはお昼を図書室で食べるみたいです。まだまだ準備することがたくさんあって、大変そうですよ」
とか、その日の緑川の情報が速報で入ってくる。緑川から会いに来てくれないと、あちらの状況が一切分からないというのが現状なので、案外、藤村の存在は有難かったりする。
あるとき、ふと藤村に叱られた。
「藍田さん、伊織ちゃんに”メッセージ”送ってますか?」
”メッセージ”は、俺と緑川がやり取りしているスマホの連絡アプリのことだ。
「流石に、それを許すのは自分に甘すぎるかと思って」
「伊織ちゃんのことは、しっかり甘やかしてあげてください」
ということで、藤村の監視のもと、緑川に”メッセージ”を送ることになった。
『今、何してる?』
隣で藤村が、あーっと声をあげる。
「もっと返信しやすい文面にしてあげてください」
と言っている間にも既読がついて、返信が返ってくる。
『君からメッセージくれるの、珍しいね』
『今は、壁掛け新聞の最終確認中』
俺の顔を見る藤村の表情が、怖い。
「おかしいです。伊織ちゃんがこんなに返信が早いなんて……!」
ちょっと貸してください、と藤村が俺のスマホを取る。
『藤村桐子です。お昼はちゃんと食べましたか?』
今度は返信に少し間が空く。藤村は画面にかじりつくように、文章を読み上げた。
『桐子だったんだ。さっきのメッセージもそうなの?』
藤村は俺の方に振り返って、じーっと顔を近付けてくる。獲物を狙う時の猫のように、瞳孔の開いた顔がかなり不気味だった。
「がっかりしてます。この文章だけで、伊織ちゃんががっかりしているのが分かりますよね?」
「……別に、普通じゃない?」
「いえ、私には分かります」
スマホを突き返してきた藤村は、深い溜息を吐く。
「時々でいいので、伊織ちゃんにメッセージを送ってあげてくださいね。きっとよろこびますから」
俺は藤村の剣幕にたじろぎながら、頷いた。どうして、そんなに真剣なのか分からなかったが、とりあえず同意しておく。そして、緑川にはフォローのメッセージを送っておいた。
『忙しいのに付き合わせて、ごめん』
『今度は、本物だ!』
どうして文章だけで分かるのだろう、と藤村と顔を見合わせた。
+++
放課後になると空き教室で、緑川と瑠璃垣が展示の準備をしている。
文化祭期間に入り、部活が休みになり、俺は図書委員の展示の手伝いをよくしている。クラスの方の準備は当日にしかできないものが多く、時間には余裕がある。
その日も、緑川たちを手伝おうと教室の前まで行ったときだった。
「藍田と別れたんだって?」
と瑠璃垣の声が聞こえ、思わず身体を隠してしまった。空き教室には、二人しかおらず、姿は見えなかった。
「……誰が言っていたの?」
「藍田から聞いたけど」
「そっか。彼が言うなら、そうなのかもね」
緑川の声はいつもと同じに聞こえた。
「緑川は今、相手がいないってことだよな?」
「まあ、そうなるね」
「じゃあ……! ぶ、文化祭いっしょに回らない……?」
一瞬、緑川が黙って、間が空いた。けれど、すぐに彼女の声が聞こえた。
「……いいよ。ビブリオのお礼もしたいし」
はっと気付いたときには、廊下から来ていた図書委員が空き教室の扉を開けていた。中の緑川と目が合ってしまい、仕方なく、俺も教室に入る。
けれど、入れ違いになるように、緑川が教室を出ていく。
「瑠璃垣さん、最後までよろしくね」
俺は汗をかいていた。胸の奥がちりちりとむず痒い感じがして、何度も胸元を掻き毟った。けれど、いつまで経っても、痒みは取れなかった。
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