第7話 愛で空が落ちてくる
放課後、昇降口で雨を眺めていると、緑川に声をかけられた。蛍光灯が点灯して、薄暗い昇降口が明るくなった。
「あれ、部活は?」
「雨だから、軽い基礎トレとミーティングだけ」
俺が、図書委員は、と尋ねると、
「雨だから、閉めてしまったよ。早く帰るようにって」
「雨、ひどいもんなあ」
「ひどいねえ」
雨音で緑川の声が聞き取りづらいほどに、雨はひどかった。分厚い雨雲が、辺りを夜みたいに暗くしている。
緑川は湿気で跳ねた髪を撫でつける。
「君は、帰らないの?」
「ああ……」
と上手く答えられずに言い淀むと、緑川に怪訝そうに見られた。
「雨がもう少し弱くなってから、と思って」
「予報だと、これからひどくなる一方だって言っていたよ」
「そっか……」
宝石のような目で俺を見ていた緑川は、何かに気付いたように、にやりと笑った。
「傘を忘れたんだろう」
俺は、いや、と言い淀む。緑川ははっきりしない俺に、不機嫌そうな顔をして、
「なーんだ、私を待っていたのか」
と嫌味っぽく言った。
俺は鞄から折り畳み傘を取り出して、
「伊織を待っていたのはそうなんだけど……」
と緑川に渡す。受け取った彼女は、不思議そうに俺を見上げた。
「だけど、なに?」
「朝、伊織が傘を持ってなかったな、と」
渋々そう言うと、緑川は、にまーっと口角をあげていき、声をあげて笑った。
「あはははは、君はよく見ているねえ!」
と緑川が言い終わるのと同時に、空が光って、稲妻が走った。
「ひゃっ!」
咄嗟にしゃがみこんだ緑川が、頭を抑えながら、俺を睨み上げた。
「な、なに見てるんだっ」
「雷が怖いの?」
「こわかったら、わるい!?」
ゴロゴロゴロ、と遅れてきた音が、地響きのように轟いた。
「う、うぅ……」
「伊織……ちゃんと、おへそを隠さないと」
「こんなときに、冗談言うなぁ!」
俺は緑川の隣にしゃがみこんで、背中をさすると、緑川は俺の制服を掴んだ。
「君は、私を守らないと駄目なんだ。分かってる?」
途端に雨脚が強まって、空が落ちてきたみたいに辺りが暗くなった。緑川は制服を掴む力を強くして、睨むみたいに俺を見た。
「雷を止めてきてよっ」
「無茶を言う」
また稲光が走って、緑川が頭を抱える。
「うぅ~、めんどくさいこと言ってる自覚はあるんだ」
と言う。
「だけど、雷は怖いんだよ」
と顔をあげた緑川は涙を流していた。
結局、俺たちは昇降口が閉められるまで、動けなかった。
「雷、落ちてこないよね?」
折り畳み傘はやっぱり小さく、二人とも肩が濡れた。
「もっと近くに寄って」
俺がそう言うと、緑川は、うん、と小さく頷いた。
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