第8話 ホームラン・バッター

 昼休み、生徒会副会長の赤根崎陸郎と緑川が話をしていた。二人はとても楽しそうな雰囲気で、赤根崎は緑川を笑わせる。


 俺に気付いた緑川がこちらへ手を振って、赤根崎も振り返った。緑川の表情がいつもより明るい気がした。


「どうしたの? 何か用かな?」


 緑川の言葉に、俺は赤根崎をちらと見て、


「用事はないけど、邪魔だった?」


 と聞いた。緑川は


「邪魔じゃないよ。ちょうど話が終わったところなんだ、ね?」


 と赤根崎に同意を求めた。赤根崎は端正な顔立ちに薄い笑みを浮かべて、


「久しぶり、藍田くん」


 と脈絡もなく言った。続けて、


「文化祭の打ち合わせをしてただよ」


 と強調して言った。俺と赤根崎の間に、不穏な空気を感じたのか、緑川が間に入るように口をはさむ。


「文化祭では図書委員の展示をするんだ。空き教室を使わせてもらえないかって、相談していたんだよ」


 俺はそれを受けて、わざと声を明るくした。


「そっか、何の展示をするか、もう決まってるの?」


 緑川が展示の説明を始める。赤根崎はにこやかな表情で、緑川の話を聞いている。俺は、緑川を遮って、


「ごめん、用があったの思い出した」


 とその場を去ることにした。緑川がさみしそうな顔をして、しまったと思ったけれど、どうしようもなかった。じゃあ、と声をかけると、赤根崎が、


「そうだ、ぼくも、まだほかの委員のところに行かないといけないんだった……!」


 と緑川に言った。


 彼女は困惑したように、うん、とだけ言って、唇を真一文字に結んだ。


「伊織」


 と俺は声をかける。


「な、なに?」


「今日、図書委員の当番?」


 俺がそう言うと、緑川はいくらか表情をやわらかくして、頷く。


「じゃあ、部活終わったら、迎えに行く」


「……待ってるよ」


 俺が廊下に出ると、赤根崎も付いて来た。


「藍田くん、いつから緑川さんと付き合ってるの?」


「……文化祭の準備、大変そうだな」


「緑川さんって、藍田くんと付き合い始めてから、よく笑うようになったよね」


「ほかの委員のとこ、回らないのか?」


「いまの緑川さんって、すごく魅力的だと思う」


 俺は立ち止まって、赤根崎の方へ振り返る。


「ダウト。お前は緑川のこと、何とも思ってないだろ。ただ、後半の部分は同意する」


「ぼくに惚気ても仕方ないんじゃない?」


 赤根崎が指さす方に、緑川が立っていた。


「あ……君に教科書を借りようと思って……」


 赤根崎が軽快な足取りで俺の横を通り過ぎていく。文化祭の準備で忙しいんだ、じゃあね。


 俺と緑川が取り残される。


「教科書って、どれ?」


「古文のやつ。現代文と間違えて持ってきちゃって……」


 と言っているうちに、緑川の表情がどんどんと緩んでいき、最後には、わっと笑い出した。


「き、君、私のこと、そんな風に思っていたの? 私はそんなに魅力的? ねえ、どんなとこが魅力的だと思うの?」


「……教科書取ってくる」


 緑川は俺の隣に並んで、俺の顔を覗き込んでくる。


「私は、君と付き合い始めてからの自分が好きだよ」


「今の伊織が嫌いだなんて、言ってない」


「君のために、今後はしゃべらない時間もつくってあげようか?」


「おしゃべりな自覚はあるんだな」


「物静かな私が好きなんだろ?」


「……どっちもだよ」


 緑川がお腹を抱えて笑う。廊下に置いてくことに決める。


「ね、ねえ、待ってよ。赤根崎くんとはどういう仲なのさ」


 緑川は俺に追いついて、袖を掴む。


「幼なじみだよ。昔っから、からかわれてばかりの」


 それで怖い顔をしていたのか、と緑川は笑った。

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