第2話 放課後にて

 中間テストが終わると、緑川にデートに誘われた。


「駅前のデパートに行こう」


 この街唯一のデパートは、屋上に昔ながらの遊園地があり、定番のデートスポットでもある。


「私とデートに行けるなんて、君は幸運だね」


 断る理由のなかった俺は、その幸運を噛み締めることにした。


+++


 デパートに着いて、まず緑川は書店に寄った。


「テスト期間中に、新刊が出ていたんだ」


 と言って、彼女が手に取ったのはミステリの単行本だった。


「これで心おきなく読めるよ」


 うれしそうに言う緑川は、手に取った新刊を大事そうに撫でた。俺はなんだか彼女がうらやましくなって、


「今度、おすすめ貸して」


 と思わず口にしていた。


「彼の文章は綺麗だからね、君も気に入ると思う」


 顔をほころばせた緑川は、急に早口になって作家を褒めはじめた。知らない作家の名前や専門用語ばかりで、内容はいまいち分からなかったけれど、緑川がうれしそうなのは分かった。


「好きなのは、よく伝わったよ」


 放っておくといつまでもしゃべりそうだったので、落ち着くように諭すと、緑川はわずかに顔を赤らめた。


「そ、そうかな……私なんか、だけれど」


「謙遜するなんて珍しい」


 と言ってやると


「私はいつも謙虚だからね」


 普段の調子が戻ってきて、緑川はにやりと笑った。


「彼に目をつける、君の審美眼も褒めてあげてもいいよ?」


 それから雑貨店なんかを見て回ったけれど、あまりに緑川がそわそわと忙しないので、その日は解散することになった。


 屋上の遊園地は、また今度行こう、と言って、緑川は電車に乗り込んでいった。


 次の日、俺の机に大量の文庫本が積まれることになるが、それはまた別の話だ。

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