会話を盛り上げたい
カフェやファミレスにひとりでいると、どうしても他のテーブルの会話が気になってしまう。
大学生の頃、友人と呼べる人間が誇張なしにひとりもいなかった私は、人間たちがどのように喋るかをほとんど知らなかった。就職を控えた大学5回生の頃、「これは良くない」と思い立ち、会話を勉強するため、周囲のあらゆる会話に聞き耳を立てていた時期がある。この名残だ。今でも、周囲から聞こえてくる話の動向を追ってしまう癖がある。
カフェやファミレスにいる人間たちのほとんどは楽しそうに会話をしている。しかし、中には一切盛り上がっていないグループもある。皆が下を向いて押し黙り、一言二言交わしてからまた沈黙が流れる、そんな気まずい空気の流れる場も目にする。会話はオモシロをぶつけ合う競技でもなければ、価値観の品評会でもない。カントやニーチェについて論じ合ったり、漫才のような掛け合いを繰り広げる必要はない。別に、彼らが良ければそれでいいのだ。しかし、それにしても、「お通夜でももっと盛り上がるよ」と思うようなグループを見かけることがある。
例えば、先日カフェで隣席となった若い男女がそうだった。
大学生のふたりだろうか。両者とも敬語で喋っている。もしかしたら、初めてのデートなのかもしれない。沈黙の中、片方が「休みの日とか何してるんですか?」などと間を埋めるための質問をして、もう片方がそれに対して答える、そしてそれが上手く広がらずにまた沈黙が流れる。そんなループが続いている。男性も女性も精一杯この場をなんとかしようとしているのは見てとれるが、そんな努力も虚しく、重たい空気がふたりを包んでいる。女性の方など、間を埋めるためか、空のコーヒーカップに何度も口をつけている。どちらが悪いとかではなく、噛み合わせが悪いような気がする。
私は隣席でコーヒーを飲みながら彼らの会話に聞き耳をたて、ひとり勝手に不安になっていた。彼らが会話が上手くいこうがいかまいが、私にはなんの関係もない。しかし、この気まずい空間を勝手に自分の足元まで拡張し、私も勝手に気まずくなっている。勝手に。
勝手に不安になっている私は思った。
「もしかしたら、私がなんとかした方がいいのかもしれない」
私がこの空間を盛り上げなければならない気がしたのだ。
誰かと一緒に行くカフェは会話のための空間だ。逆に言えば会話しかすることがない。そこにあるのは自分と相手、ふたつの身体だけであり、会話の内容はお互いをつつきあって捻り出さなければならない。自分たちの経験、思想、考えをもとに、会話を紡いでいく必要がある。噛み合わせが悪ければ、上手くいかないことだってあるだろう。
しかし、ここに外界からの刺激があればどうだろう。
例えば、「初デートの定番」とも言われる映画館や水族館、動物園などは、同じものを見て、同じ経験をすることで、それについてふたりで言葉を交わすことのできる空間である。間を埋める会話に自信のない人間たちにはぴったりだ。外界からの刺激によって、会話が生まれる。それをふたりの関係の緒にすればよい。水中に飛び込むホッキョクグマのように、私がこのカフェ内の珍獣となれば、彼らもそんな私を種に会話を咲かせるかもしれない。唐突にひとりミュージカルを開催したり、身体切断マジックを始めたりすれば、彼らも「なんか変な人いたね」と会話をすることができる。まあ、私が店を追い出された後にではあるが。
もういっそのこと、直接介入してもいい。
私が彼らの間に入り、進行役として会話を回してもいい。私が彼らの間に立ち、トークテーマを提供し、その話を膨らませ、会話を弾ませていく。第三者がいれば、話しやすいこともあるだろう。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう」
「先ほどからお二人の会話を聞いてまして、あの、盛り上がっていないですよね」
「えっ、急になんですか?」
「よかったらなんですけど、私、トーク回しましょうか」
「は?」
「いや、間に誰かいた方がいいのかと思いまして。どうですか?まわしていいですか?」
「じゃあ、お、お願いします」
「まず、おふたりって、どういった関係なんですか?」
「そうですね、大学のサークルの同期なんてすけど……」
そうして、私はトークを回し始める。会話は盛り上がり、ふたりは意気投合し、私は居酒屋へと向かう彼らを見送る。
そこまで思い描いたところで、彼らは席を立った。会計時にも会話が噛み合ってなかった。私にトークを回す力がないばかりに。
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