「もう3日、何も食べていません」という顔

働いていない。


今年の春に仕事を辞め、それからウダウダしていたらもう冬である。私の時間の流れだけ早い気がする。現在は、アルバイトをするでもなく、就職活動をするでもなく、実家でただただ静謐に暮らしている。朝早く起床し、布団の中でスマホを弄り、パソコンで映画を見て、近所を散歩し、野良猫を写真に収め、本を読み、お風呂に入って、スマホを弄ってから就寝。こんな日々を繰り返している。あとは、映画館に行ったり、喫茶店でクリームソーダを食べたり、住宅の建設現場を眺めたり、海で足を濡らしながら、日々を雅やかに過ごしている。高等遊民とは私のためにある言葉だ。


働いていないので、極力お金を使わないようにしているが、生活をしていくにはやはりお金が必要となる。映画を観るのも、クリームソーダを食べるのも、海へ行くのだって、お金がかかる。そういった娯楽費を私がどうやって捻出しているか。これは、両親にお小遣いを貰っている。両親に対して申し訳なさや負い目を感じることは一切なく、「うちの親かわいそうでウケちゃうな」と思っている。


全く働かずにお金を手にしているので、これは「不労所得」とも言える。人類共通の夢でお馴染みの不労所得。


世の中(私の言う「世の中」とはインターネットのこと)を見渡せば、「働きたくねえ」「大家になりてえ」「70億円欲しい。可処分で」と呟きながらも、汗水垂らして働いている人間が大勢いる。かわいそうに。そんな人間たちが回す社会はどこ吹く風、私は平日の昼間から漫画喫茶でコーラを飲みながらスラムダンクを読んでいる。それはなぜか。私には不労所得があるから。


天賦の才がある訳でも、血の滲むような努力をしている訳でもない。やっているのは、両親の前で「もう3日、何も食べていません」という顔をする、ただそれだけ。おやつをねだる子猫のように、困窮している顔をして、父君と母君の庇護欲を適度に刺激する。まあ、実際は彼らの作ったご飯含め3食きっちり摂っているのだが。後は、おつかいの釣り銭をお小遣いとして貰えばいいだけだ。諸君も早くこちら側に来ればいい。


まあ、よくないことはわかっているんですけどね。私にも「いい大人が」という感覚はあります。信じてください。


私とて生誕以来ずっとこんな低空飛行の人生をやっていた訳ではない。


今座っている学習机をカウボーイのように乗り回していた小学生の頃の私は、神童としてその名を地域に轟かせていた。将来はサッカー選手か、そうでなければ学者か医者か弁護士か官僚か、そんな風に将来を嘱望され、将来性の後光が常に周囲を明るく照らしていた。


当時の自分になんと説明すればよいのだろか。


というよりも、なんと言い訳をすればよいのだろうか。そして、なんと謝ればいいのだろうか。自分が日向の人生を歩み続けるという確信を持って日々努力を重ねる小学生の頃の自分に、両親に媚びてお小遣いを貰って生活している現在の私を納得させられるのか。


「ねえねえ、大人になったオレ。今は何をしているの?なんで実家にいるの?サッカー選手になれたの?ユキちゃんとは結婚できたの?」


そんなことを聞いてくるだろう。取り繕うことはできる。何かしらそれっぽい理論を組み立て、小学生のちっちゃな脳みそをハックするくらいは訳ない。しかし、小学生と言えども自分は自分だ。自分には誠実であるべきだ。私は正直に自分の現状を話すだろう。働いていないこと、両親にお小遣いを貰って生活していること、ユキちゃんは高校卒業と同時に知らねえ男と結婚したこと。


「じゃあ、二十年後のオレは働かないで、お父さんやお母さんにお小遣いを貰って生きているってこと?なんで?どうして?どういうこと?」


「この前までは学校の先生をやっていたんだ。でも辞めちゃった。私には向いてなかったいなかったんだ。人には向き不向きがあって、その人にはその人のふさわしい場所があって、そうやって世界は回っているんだ」


「じゃあ、両親にお小遣いを貰うのがオレに向いてたの?それがオレ相応しい場所なの?オレが学校で勉強してるのは何?サッカーを頑張っているのは何?周りの大人が言っているのは何?オレの人生って何?」


人生ってなんなんでしょうね。

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