何もしない時間を買っただけ
「今、何してるんですか?」
昔の知人にこう聞かれた。
この知人とは約1年ぶりに再会した。彼とよく会っていた頃、私は京都で学校教員として働いたのだが、その後は仕事を辞め、地元である島根に帰った。彼は私が仕事を辞めたところまでしか知らない。そして出た「今、何してるんですか?」である。何をしているか、つまりはどのような場所でどのような仕事をしてどのような人間たちとどのように暮らしているかということだ。久しぶりに再会した知人に投げるには順当な質問であろう。
現在、私はほとんど引きこもりのような生活を送っている。
昨春に仕事を辞めてから、実家の自室に篭り、床をゴロゴロを這いずり回る営みに勤しんでいる。仕事なんて、アルバイトさえもしていない。正確に言うと映画館のアルバイトを1日で辞めた。どのような生活を送っているかと聞かれれば、野良猫を探して近所を歩いたり、ボイスパーカッションの練習をしたり、愛について考えたり、チラシ裏の白紙に落書きをしたり、私の想い人が知らねえ男と挙げた結婚式の写真を眺めたりしている。引きこもりと言えど、結構忙しいものだ。最近は、まだまだ大丈夫なのだと自分を安心させるため、若い頃にうだつのあがらなかった偉人の話を集めたりもしている。偉人はだいたい大器晩成なので助かる。
私は「今、何してるんですか?」の返答として、上記のようなことをペラペラ、ヘラヘラと喋った。彼は「相変わらずですね」と言った。彼の中では、私が働いているか働いていないかは枝葉末節に過ぎず、これら暇を潰すだけの暮らしぶりこそが私の本質なのだろう。普通に失礼だと思う。
ここで思ったことがある。
「ちゃんとした答えを用意した方がいいんじゃないか」
今回は相手がある程度気心の知れた知人なので誤魔化す必要はなかったが、いつでもこのような返答ができる訳ではないだろう。私が仕事をしないで暮らしていた期間の説明として、もっと世間様に受け入れられるような文言を用意しておいた方がいいのではないか。私は来月から東京に住む予定だ。「島根では何をされてたんですか?」と聞かれることもあるだろう。この期間について着飾った説明ができるようになっておいた方がいいのかもしれない。
どうしたものであろうか。私は別に何かに引きこもらざるを得ない理由があって実家でゴロゴロしている訳ではない。ただただ働きたくなくて、頑張って貯めた貯金で「何もしなくていい時間」を買っただけのことである。しかし、この説明で世間様が納得してくれるとは思えない。
社会問題を扱っていることにしようか。
勉強や労働をせず自室に引きこもる成人は社会問題として取り沙汰されることがある。となれば、私こそが社会問題である。私は自身を扱っているので、「社会問題を扱っている」と言っても過言ではない。簡単な三段論法である。
「島根にいらしたんですね、何をされてたんですか?」
「そうですね。ご存知だとは思いますが、昨今、"大人の引きこもり"が社会問題となっています。いや、やっと社会が問題視するようになったと言う方がいいでしょう。彼らが引きこもりとなる原因は様々ですが、中には引きこもりを続けざるを得ない人々がいます。本当は社会に出たいのに、と。私が住んでいた島根県では、そういった人々のために、就労支援を行なっています。具体的には、カウンセリングや就労支援プログラムの提供、必要に応じた医療や福祉サービスの紹介、就労後のフォローアップ支援など。また、地域のボランティアやNPOと協力して、引きこもりの若者が参加しやすいイベント活動などもしています。"大人の引きこもり"は社会で解決していく課題なのです。私はそういった課題になっていました」
こんな感じで答えればいいか。ここまで言えばあとはわかるでしょう。
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