夢の骨董屋を語りたい

知り合いの大学生と喋っていると、就職活動の話になった。


現在は5月。彼は4年生であり、一般に就職活動の時期である。私が「就活どうですか?」と聞くと、彼は「嫌です」と言う。最近の彼は、エントリーシートを書いたり、企業説明会に出かけたりしているらしい。難儀なことだ。働きたくもないのに働きたいフリをしているの、偉すぎる。現在進行形で働いている人間は「働きたくないな〜」と思いながらも坂を転がる石のように惰性で労働をしているが、そんな我々よりも、「働きたくないな〜」と思いながら働きたいフリをしている就活生の方が何倍もすごい。


私も就職活動をしたことがある。


現在は高校で教員をやっているが、大学生の頃には、一般企業の就職するため、周囲の大学生と同じようにリクルートスーツを着込み、説明会や採用面接をかけずり回っていた。大学5年生の夏に。4年生ではなく。


なぜ大学4年生でないのか。まあ、留年したというのもあるが、これは就職活動の時期を知らなかったためだ。


4年生の夏頃まで、就職活動は大学を卒業してから行うものとばかり思っていたのである。


自分でも「なんで知らなかったんだ」とは思うし、「なんで誰も教えてくれなかったんだ」とも思う。大学生の頃の私は友人と呼べる存在が誇張なしにひとりもおらず、言葉を交わす相手と言えば大学の教官か怪しいビジネスの勧誘の人だけという孤独な行軍を続けていた。周囲がインターンやら自己分析やら業界研究なんかをやっていることに気が付かず、公園で凧を飛ばしたり、図書館でミッケを読んだりしていた。


4年生の夏頃、学部の教官に呼び出された。彼と「最近は大学にも来ずに何をしているのか」「研究室をどこにするのか」「大学に友達はいるのか」「将来はどうするのか」「卒業はするつもりか」「大丈夫か」など、限りなくカウンセリングに近い面談をした際、「就活はしているのか?」と聞かれた。青天の霹靂であった。私はそこで「4年制大学に通う人々の多くは3年生の終わりから就職活動をする」ということを知ったのだ。私が腰を抜かしていると、私が驚いていることに教官が腰を抜かしていた。


そんな「就職活動って何をすればいいんだ。役場とかに相談した方がいいのか」という状態から、就職活動の情報を集め、5年生の夏頃にはエントリーシートを書いたり、採用面接を受けたりしていた。本当は働きたくないのに、働きたいフリをして。就職活動中はずっと「採用なんかされてしまったらどうしよう……」と思っていた。


当時の私はそれなりに働きたいフリを見せていたが、今の私が就職活動をするとしても、働きたいフリなんてできないと思う。出来なし、絶対にしたくない。採用面接で「がんばります。エクセルとかパワーポイントとかはわかりませんが、声が大きいです」みたいなことを言ってヘラヘラしていると思う。


「なるほど、わかりました」


白髪の混じった髪を綺麗に撫でつけた面接官が私のエントリーシートに目を落とす。


「それでは、弊社に入った後のビジョンなどはありますか?5年後、10年後のキャリアプランなどをお聞かせください」


「そうですね、古民家の一階で骨董屋をやって暮らしたいです。茶器やダルマ、モダンな西洋家具、日本画などを売ってて、入り口にはでっかい信楽焼の狸があるんです。お客さんは一日に一人か二人で、大学生のアルバイトが"店長〜、こんなんじゃ潰れちゃいますよ〜"とか言うんですけど、私には暮らしていくのに十分な資産があるので大丈夫なんです。あとは、不思議な依頼が舞い込んだりもします。不思議な依頼が不思議な事件を呼び……そんな生活がしたいです」


「そうですか、素敵ですね。面接は以上になります。またお話を聞かせてくださいね」


そうして、あれよあれよと言う間に採用され、気が付いたらオフィスのすみっこでダルマや信楽焼の狸に囲まれて暮らしている。

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