人狼はラブコメっぽい

『人狼』をご存知だろうか。


まあ、知ってるか。すみませんね、「ご存知だろうか」とかカッコつけて。


一応、簡単に説明すると、『人狼』とは対話型のパーティーゲームである。「市民」「人狼」のふたつの陣営に分かれ、各陣営で協力し合い、勝利を目指す。「市民」は「市民」の中に紛れた「狼」を各役職(能力)によって探し出して追放し、「人狼」は「市民」を装って寝首を掻き、それぞれ敵陣営を殲滅させていく。


一度だけ、『人狼』をプレイする機会にあやかったことがある。


この世に『人狼』なるゲームがあり、広く遊ばれていることは知っていた。ただ、ゲームの内容はほとんど知らない。私は大学生の頃に友人がひとりもいなかったので、パーティーゲームの類とは縁遠い人生を送ってきた。複数人で遊ぶこと、対話型のゲームであること、狼が悪い奴なこと、浮かれた大学生たちがお酒を飲みながら「へへへ、実は狼でした~襲っちゃうぞ~」「きゃ~怖い~」のような遊び方をしていることなど、断片的な情報をつなぎ合わせて『人狼』のイメージを作り上げていた。


初心者の私に友人が『人狼』のルールを説明してくれた。ルールは複雑だが、私の頭脳を持ってすればどうってことない。「完全に理解した」と彼に告げ、意気揚々とゲームに参加する。ゲームマスターたるスマホを順々に回して配役がなされる。私の役職は「市民」だそうだ。早速、[人狼 市民 振る舞い]で検索をかける。私の頭が良いので検索をかけることができる。


よくわからないままゲームが進んでいく。


ルールを理解していないので、このゲームの本懐である「推理」まで思考が辿り着かない。ただ、こういった対話型のゲームにはいくつか定石がある。目指すべきは「場の支配」だ。場を支配し、緩やかに自分の意向に沿った方向へ場を誘導すればよい。私は「ケロベロスは多頭飼いか否か」「サブウェイの店内ってなんであんな狭いの?」みたいな話で会話のコントロールを試みた。


で、早々に追放された。


ルールをちゃんと把握できていない人間はゲームから除外される、社会と同じだね。


ゲームを遠巻きに眺めていると、私の名前が上がった。どうやら、先ほど追放された私が「人狼」か「市民」のどちらであったかを話し合っているようだ。私は答えを知っているが、言うことはできない。外野の人間に発言権はない、これも社会と同じ。


ここで、私は思った。


「私のために争わないで欲しい」


なんだか一昔前のラブコメみたいだ。ヒロインたる私を巡って、数人が恋の火花を散らしているような気がしてくる。そう思うと、『人狼』の中で交わされるセリフは全体的にラブコメっぽい。恋の鞘当ての会話のように聞こえる。「〇〇さんと△△さんが人狼だと辻褄が合う」は「あんたたち、付き合ってるんでしょ」に聞こえるし、「私が占い師です」と名乗り出るのなんて「見ちゃったんだ。〇〇さんが△△くんの下駄箱の手紙入れてるとこ」と言っているようなものだ。


「どうしようか、決め手にかけるな」


一同は互いに顔を見合わせる。現状の情報では推理のしようがない。誰も後に続く言葉を発せず、沈黙が流れる。


「〇〇さんのことがずっと前から好きでした」


静寂を切り裂くように私は言った。ルールなど知ったことか。


私は幾度となく好機を逃してきた。「発言権がないから」と自分を納得させ、遠巻きに眺めてばかり。今日は昨日と同じで昨日は一昨日と同じ。このような不毛な反復とは縁を切りたい。彼女との未来を切り開く一手が選択肢として目の前にあるのに、指を咥え見ていたくはない。


ちらりと彼女の方を見ると、彼女は頬をほんのりと染めて俯いていた。短く切りそろえた髪が少しだけ揺れる。


「〇〇さんへのアプローチがひとりか」


「まあ、前からそんな気もしていたけど」


「他にいない感じですか」


「対抗でないんだったら確定でいいんじゃない」


皆が口々に言う。


「〇〇さんはどうですか?」


ひとりが彼女に水を向けた。少しの沈黙のあと、彼女は口を開いた


「そうですね」


彼女は顔を上げ、こちらを向いた。くりくりとした大きな瞳が真っ直ぐに私を見つめる。私は「相変わらず狸みたいでかわいいな」と呑気なことを考えてしまった。


彼女は一呼吸おいてからゆっくりと言った。


「水野くんありがとう。嬉しい。でも、ごめんなさい。私、彼氏いるんだ」


「〇〇さんの言っていることは嘘です。彼女は人狼です」

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