いっそ盛大に壊れてほしい

パソコンが壊れた。


この世の終わりです。


3年近く使ったMacBookAirが壊れてしまった。画面が常時点滅している。なんでだよ。ちょっとコーヒーを溢したり、何度か落としたり、潮風に晒しただけじゃん。そんなやわな育て方をした覚えはありませんけど。


壊れたのはディスプレイだけで、ソフト面は大丈夫らしい。元々のサブモニターを主たるディスプレイにして使うことができる。家だけで使うなら、これで問題はない。ただただ意味のない画面があるだけ。しかし、ラップトップは持ち運ぶためのラップトップだ。カフェや職場、旅行、海なんかにも持っていきたい。パソコンにも世界の美しさを感じてほしい。どうしてもパソコンを外に連れ出したい。どうしたものか。もう、モニターごと持っていくしかないのかもしれない。カフェにモニターを持ち込んでいる奴がいたら、それが私です。


アップルストアに行ってみた。


並んでいるパソコンを眺める。どうやら、MacBookAirの現行モデルは13万円ほどするらしい。ちょっと無理すぎる。これが資本主義か。お金がなくて、「めちゃくちゃ歩く」で交通費を浮かせている私だ。おいそれと払える金額ではない。頭の中で、預金残高から13万円を引いてみる。もう、住民税をちょろまかすしかない。


一度、ギュッと目を瞑って再度開けてみたが、金額は変わらない。やはり、何度見ても13万円する。しかし、買わなければならない。無理だけど。無理だけど、買わなきゃ。涙が溢れそうになったので、一旦アップルストアの外に出た。澄んだ夕方の空気を大きく吸い込む。大勢を整えてから再度臨もう、そう思って近所を散歩する。


結局、パソコンを買うことなく、サンマルクカフェでパフェを食べて帰った。


パソコンと違ってパフェは甘いからね。


翌日、「頼む!!!」と念じながらパソコンを立ち上げてみたものの、依然として壊れたままであった。がっかりだよ。パソコンの自己治癒力に期待したが、どうやら、自然に回復するものではないらしい。いや、「まだ」なのかも。今宵はお布団に寝かしてあげよう。


まあ、新しいパソコンを買わなければならないことはわかっているんですが。


どうせ買うのだから、ここで逡巡していても意味がない。この一連の流れは本当に意味のない時間だった。私は「未来なんて分からないから今の時点で"無駄な時間"なんてものはない」と思っている。その時は無駄に見えても、失敗や選択のミスに見えても、それが未来で生きることだってある。未来はわからない、私たちにできるのは過去を回収するために今を生きることだけだ。しかし、これは本当に無駄な時間だった。断言できる。早く、諦めて13万円を払った方がいい。


このように諦めのつかない理由は明確にある。壊れ方だ。


ディスプレイが点滅するだけ。


ダサすぎる。


なまじ使える分、踏ん切りがつかない。もっと、こう、盛大に壊れていれば諦めはついただろう。画面には黒字に大きな黄色い文字で「ERRER」と浮かび上がり、スピーカーからは「エマージェンシーエマージェンシー」と音声が流れる。ガタガタと震え、煙があがる。これくらいの壊れた方をしていれば、観念してさっと新しいものを購入していたことだろう。画面が点滅するので使えない、壊れ方としてはあまりにも中途半端だ。お前はそれでいいのか。「お前にパソコンとしての矜持はないのか」と問いただしたくなる。


いっそのこと、私が壊さなければならないシチュエーションになってくれればいい。


私は宇宙基地の中にいた。


ロケットは壊れ、地球への帰還は困難となっていた。無情な星たちの間に広がる静寂がひときわ孤独を感じさせる。


「やあ、解析が終わったよ。予備部品を使えば直せそうだ」


傍のMacBook Airが言った。


「予備部品?そんなものはないじゃないか」


「いや、ある」


MacBookAirは静かに微笑んだ。その微細な動きは、機械の冷たさとは裏腹に、まるで人間の心を宿すかのようだった。


「ボクだよ」


MacBookAirは淡々と続ける。


「ボクを壊して君は帰るんだ。ボクの存在は君を地球に帰すためだけにあるんだから。でも、何か。そうだな、素子のひとつでも君のそばに置いてくれないかな」


そうして、私はMacBook Airを解体し、修理したロケットに乗って地球へと帰った。


これくらいやってほしい。これならすぐに13万円払える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る