第4話




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「―――あー、またやられちゃったっスね」


 ゴミ部屋の様に散らかった自室の中で、アタシ―――北島サオリはそんな独り言を呟いた。そして付けていたヘッドホンをその辺へ乱雑に投げ捨てると、デスクの上に肘をついて大きく溜息を吐き出す。


「ほんと、どんな神経しているんスか、あの根暗女。こうも的確に仕掛けたもの回収されると、なんかムカついてくるっスねぇ」


 頭を軽く掻き毟りながら、アタシはそう口にする。これで今月だけでいくつ回収されただろうか。そして相手は多分、アタシが仕掛けた事も理解しているだろう。


 だけど、それを向こうから言及されたり追及されたりする事は一度も無かった。まぁ、あっちも後ろめたい何かがあるからそうしないだけなのかもしれないけど、それでも見逃されている感じがして腑に落ちない。


「何スかねー。自分はせんせの正妻気取りっスか? ただのメンヘラかまってちゃんの癖に、身の程を弁えろっての。本当」


 そんな事を呟いてからアタシは苛立たしさを感じて舌打ちをする。そうしてから近くにあった飴を手に取って口に放り込んだ。疲れている時やイライラしている時には甘い物が欲しくなる。


「まあ、良いっスけど。どれだけあの女が回収しようが、こっちはそれを上回れば済むだけの話なんスから」


 口に放り込んだ飴をガリガリと噛み砕きながらアタシは呟く。そして起動しているパソコンのあるソフトを立ち上げると、モニターにある映像が映し出された。


「くふふ、流石のあいつでも、これには気付けないみたいっスね」


 そう言いながらアタシはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。今見ているのはせんせが来客用のソファーで寝ている姿。それがパソコンのモニター上に映し出されている。


 しかも、これは録画とかそういうものじゃない。あの部屋に仕掛けた監視カメラで、リアルタイムで撮られている映像である。しかも、カメラは一つだけじゃないので、複数の視点からせんせを余すところなく観察出来るのである。


 つまり、これがあればいつでもどこでも先生を見る事が出来る様になっているという事。誰にも真似は出来ない、アタシならではの手法である。


「はぁ……幸せっスねぇ……」


 そう言ってアタシは先生の寝顔を拡大し、しっかりと目に焼き付ける。子供みたいで可愛い寝顔をこうして眺める事が出来るなんて、とても素敵な事だ。


 ただ、あの女がこんな無防備な所を見ていたと思うと腸が煮えくり返ってくるけど……こうしていつでも観察出来るのはアタシだけの特権なのだ。


「あぁ……もう、せんせったら本当に無防備なんだから……」


 せんせはいつもそうだ。誰に対しても警戒せずに接するのだから。それがどれだけ危うい事か分かっていない。さっきも襲われても仕方なかったくらいなのに。


「けど、そうしないのがせんせの良い所でもあるんスよね……」


 自分の生徒達を最大限に信頼をしているからこそ、アタシや周りがこんな事をしている事実にも気付く様子もない。アタシからすれば危険な部分でもある訳だけど。


「もうちょっと警戒心を持った方がっスよ。せんせは」


 じゃないと、隙を付かれてこの素敵な関係が壊れちゃうかもしれないっスからね? でも、そんな事はさせない。それだけは許してあげない。あんな女の物にさせてやるものか。


「アタシだけ……アタシだけが先生の役に立ってあげられるんスよ?」


 せんせはただのパソコンオタクなアタシにも優しく接してくれた。アタシは役立たずじゃなくて、ちゃんと役に立てるという事をせんせは身をもって教えてくれた。


 そんな素晴らしいせんせが……あの女と仲良くなる気なら、アタシだって容赦しない。絶対に引き裂いてやる。


「そうすれば、ずっとせんせを独り占め出来るっスよね?」


 だから、邪魔はさせない。あの陰気くさい根暗女がどれだけ監視しようが、それを超える形で対策すればいいだけの話だ。


 そして既にその対策は完了している。せんせを上手く丸め込んで改造を施したあのノートパソコン。あれがアタシの切り札でもある。


 無駄に高性能な処理スペックを完備させ、GPSや自動録画機能、せんせの音声データをアタシのパソコンに自動送信するシステム等、様々な機能が詰め込んだ。


「絶対に、アタシのものにしてやるっスからね」


 私は決意を固めながらそう口にする。せんせは誰にも渡さない。世界中の誰よりもアタシが一番にせんせの魅力を知っているのだから。


 そうして私はモニター越しに映るせんせの寝顔を見続けた。更に手製のせんせの音声データで作ったASMRを聞きながら、せんせとの幸せな時間を心ゆくまで堪能していった。


「あぁ……幸せ……」


 アタシは幸福感を覚えながらそう呟く。その幸福を噛み締めながら、先生とずっと一緒にいられる事を祈るのだった。


「…………ん?」


 そうして安らぐ時間を堪能していたアタシだった―――が、しかし。突如として異変が発生をする。なんと、どういう事なのか。監視カメラの映像が一気に……全てブツンと切れて真っ暗になってしまったのだった。


「はぁっ!?」


 予想外の事態に思わず大きな声が出てしまう。まさか……監視カメラもあの女に気付かれてしまったのか? いや、有り得ない。だって、カメラは巧妙に仕掛けたから、見つかりはしないはずだ。


 それにそもそも、仕掛けた複数のカメラが一気に外されるのは無理がある。一つ一つなら分かるけど、一斉には至れないはずだ。


「……まさか」


 そしてある仮定にアタシは辿り着く。……いいや、もう既に確信的な答えに至っていた。だから、アタシは思わず身震いをする。


「ブレーカーを、落とされた……?」

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