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第1話




 ******




 曇りの無い青空。降り注ぐ太陽。暑くもなく寒くもない程よい気候。誰がどう見ても絶好の天気だと判断するだろう。


 そうした天候の中、私―――東雲アスカは校内を適当に散策をしていた。別に何か用があってうろついているのではなく、ただ単に何となく校内を彷徨っているだけだ。目的などは特に無い。強いて言えば……そう、こうした日は良い事が起こりやすい気がする。


 だから、こう……何て言うか……良い感じ? で、やっぱりこう……こう、何か幸運が訪れる様な出来事とかあるんじゃないかなぁ……とか、思っちゃったりする訳。実際、私は何度もそうした出来事に遭遇しているから、確信は深まっている。


 だから、私は期待に胸を膨らませながら校内を彷徨っていた。すると……私の視界の中にあるものが見えてしまった。とっても良い感じの幸運の予感が、私の頭の中を過った。


「……ふふっ」


 思わず笑みを零してしまった。自分でも分かる程、今の私の顔はとても緩んでいる事だろう。だからこそ、私は慌てて緩みきった顔に手を当てて、表情を引き締め直す。


 そして再び前を向いて歩き始めると、ある場所を目指した。もちろん、そこに向かって歩くだけでも心が弾んでいる様に感じる。


 しばらく歩き続けていくうちに、自然と笑みが零れてくるのを堪えながら、私は目的地へと辿り着く。そして―――


「……っ」


 辿り着いた直後、私を目掛けて豪快なが頭上に降ってきた。大量の水の塊が勢い良くぶつかってくる。それによって私の髪が、身体が、着ている服が一気に濡れてしまい、肌に張り付いてくる。


 そしては一度だけでは無かった。もう一発とばかりにまた私に向かって上から降り注いだ。予測していた事だったけれども、それでも水が降り注ぐ感触や、衣類が肌に張り付く感覚に少し不快感を覚える。


「……」


 私は全身ずぶ濡れの状態のまま、ゆっくりと上へと視線を向ける。すると、そこには校舎から複数の生徒がこちらを見下ろしていた。数人の生徒は楽しげに笑みを浮かべながら、スマホを構えている。私の惨状を見て、悦に浸って楽しんでいるようだ。


「東雲さーん、随分と濡れちゃってるねー。水も滴る良い女って感じー?」


「わーお、今の東雲さん、めっちゃ最高なんですけどー」


 そう言って揶揄う様な言葉を私に投げ掛けてくる。猿山の猿達の様な喧しさと嘲笑う様な視線と共に。だけど、私はそんな彼女達に対して、特に怒る様な事はしない。だって、これが……私にとっての幸せの兆しなのだから。


「ごめんねぇー、東雲さーん」


 生徒の一人が、主犯格の女子生徒がニコニコと笑顔を浮かべながら、手を振りながら言った。悪びれた様子は微塵も感じられなかった。それどころか、寧ろ楽しんでいる様にすら見える。


 だからこそ、そんな彼女に向けて私はこう言ってあげた。


「別にいいよー! それよりも、ありがとー!」


 彼女に向かってにっこりと笑顔を浮かべつつ、私はそう答えた。すると、彼女は呆然とした表情を浮かべた後、心底怪訝そう表情を浮かべた。


「は?」


 自分が想定したいた反応とは違う反応を見せられてか、彼女の表情が醜く歪む。この学校の中で私は一番可愛いとか自称をしている癖に、今のその顔はとても酷い顔に見えた。


「……ったく、何なんだよ、全く……」


 ブツブツと呟きながら苛ついた様子を見せた後、彼女は私から興味が失せたのかフイっと顔を背けた。そして私の視界から消えていった。他の生徒達も彼女に続いてどんどんと私の視界から消えていく。


「ほんと、意味の分からない奴……」


「頭沸いてんじゃないの」


「つーか、十分楽しんだから、もうどうでもいいよねー」


 口々にそう言いながら、みんなどこかへ去っていった。まぁ、別にいつもの事だから気にもならないのだけれど。


「……あーあ。今日も災難だったなー」


 誰もいなくなったその場で、私は一人呟く。だけど、そんな言葉とは裏腹に私の表情は満面な笑みにあふれていた。


「こんな状態じゃあ流石に風邪を引いちゃうから、早く着替えないとねー」


 そう呟きつつ、私は踵を返してある場所に向かっていく。そう、向かう先なんて決まっている。そこが私にとっての憩いの場であり、私にとっての居場所なのだから。


 全身から滴る水を軽く絞りながら、私は今日もあの場所―――せんせーのいるあの部屋に足を運ぶ。大好きなせんせーがいるあの場所へ。


 私の味方で、私の事が凄く大事で、私を想ってくれる優しいせんせーなら、急なに遭遇してしまった可哀想な私を見捨てたりなんてしない。だからこそ、私は期待に胸を膨らませながら学校を彷徨っていたのだから。


「えへへっ♪」


 私は小さく声を漏らしながら、軽やかな足取りで目的の場所に向かった。今日も先生と過ごせる素敵な時間を想像していると、つい笑みが零れてしまう。そして自然と足が早くなる。


 あぁ、私は今日も……とってもとっても幸せだと、心の底から思えるのだった。


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