第3話


「お待たせしたっス、せんせ! 頼まれていた依頼、完了したっスよ!」


 そんな元気な声と共にサオリが生徒相談室に入って来た。彼女は僕に対して楽し気に手を大きく振りながら駆け寄っていく。そんな彼女の姿を見た僕は思わず笑みを漏らしてしまった。


「ご苦労様、サオリ」


「いえいえ、どう致しましてっス! じゃあ早速見て貰ってもいいっスか?」


「うん、構わないよ」


 僕が快く頷くとサオリは嬉しそうに顔を綻ばせた。それから鞄の中からノートパソコンを取り出し、それを僕へと手渡した。


「はいっ、これが約束のブツっス!」


 サオリは満面の笑みを浮かべながらそう言ってきた。そんな彼女の様子を見ると僕も自然と笑みがこぼれる。


「ありがとう。さて、それでは確認を、と」


 僕は受け取ったノートパソコンの電源を立ち上げ、動作確認を始める。そして少しすると以前に比べて段違いにパソコンが早く立ち上がり、処理も格段に速くなっている事が確認出来た。


「おおっ、凄いなぁ」


 僕は素直にそんな感想を口にした。それからインターネットにアクセスしてみたり、ソフトを起動したりと色々と試してみるが、以前より格段にスムーズに動作してくれるのでかなり使いやすい。


「どうっスか、せんせ? 前よりも使いやすくなったんじゃないスか!?」


 サオリは自慢げに胸を張ってみせる。そんな彼女に対して僕は素直に感謝の言葉を述べた。


「うん、これなら仕事が捗りそうだよ。本当にありがとう、サオリ」


「いやいや、これくらい大した事ないっス! アタシだってせんせの役に立てて嬉しいっスからね!」


「でも、これだけ使いやすくなったとなると……ずいぶんと費用が掛かったんじゃない?」


「まぁ、そうっスね。金額にしたら、大体これぐらいっスかね?」


 そう言ってサオリは金額を提示した。それを見て僕は軽く目を見張る。


「い、意外と高いね……」


「いや、妥当なところっスよ。寧ろ、安く済んでる方っスよ。それなりに良い部品を使ってるっスから」


「そっか……そうなんだ……」


 サオリの言葉を受けた僕はそう口にしつつ、財布の中身を確認してから自分の預金口座の残高を頭に思い浮かべる。現状、財布の中にはそれだけの金額は入っていないが、恐らく口座には支払いは出来るぐらいは残っていると思う。しかし、それだけの金額が消費されてしまうとなると、今後の私生活に大きく影響するのは間違いない。


「えっと、あの……サオリ。悪いんだけど、ちょっと相談が」


「はい、何っスか?」


 僕がそう尋ねると、サオリは首を傾げつつそう聞いてきた。なので、僕は彼女に向けて正直に話す事にする。


「生憎、今は十分な持ち合わせが無くて……それで、その……支払いは……」


「あっ、それなら心配はいらないっスよ」


「えっ?」


「確かに金額的にはそれだけ掛かるっスけど、今回の場合はアタシが持ってた余りの部品を使ってアップグレードを行ったので、その代金はサービスっス!」


「さ、サービス……?」


「だから、今回の支払いは必要無いんスよ!」


「いや。でも……やっぱりタダでして貰う訳にはいかないよ」


 僕は申し訳無いと思い、そう呟いた。だが、サオリは微笑みながら首を横に振る。


「大丈夫っスよ! そもそも、せんせにパソコンの性能をパワーアップする様に提案をしたのはアタシなんスから、そこでお金を取るほど下衆な真似はしないっスよ!」


 そう言ってサオリはニッと笑った。そんな彼女の笑顔を見ると、これ以上は彼女からの厚意を無碍にするのは悪いと考え、僕は素直に彼女の提案に甘えさせて貰う事に決めた。


「うん。それじゃあ、今回はサオリからの厚意をありがたく受け取らせて貰うね。その代わり、僕がサオリに何か返せる事があれば何だって言って。僕に出来る範囲の事なら何でもするから」


 僕がそう言うとサオリは目を丸くして驚いた様な表情を浮かべた。しかし、すぐに彼女は笑顔を浮かべた。


「そんなの別に良いっスよ。それに……ちゃんと対価は頂いているっスから、気にしないで欲しいっスよ!」


「へっ? そうなの?」


 サオリの言葉を聞いて僕は首を傾げた。だが、サオリは自信満々な笑顔を浮かべた。


「そうっスよ。だって、そのパソコンにはとうちょ―――」


 そこまで言い掛けて、何故かサオリは言葉の途中で慌てて自分の口を押さえた。


「んっ? サオリ、どうかした?」


「い、いえ! 何でも無いっス!」


「そ、そう?」


 そう言ってサオリはブンブンと首を振る。その様子を見て僕は困惑したものの、これ以上追求しても仕方ないと思い、気にしない事にした。


「と、とにかく! そのパソコンの性能はパワーアップした上に、セキュリティ面も万全にしておいたっスから、安心して使って欲しいっス!」


「うん。分かった、ありがとう」


「はい! どういたしましてっス!」


 そう言ってサオリは大きく頷いた。そんな彼女に対して、僕も笑顔で応える。そして僕は改めて感謝の言葉を口にした。するとサオリは途端に照れくさそうな表情を浮かべながら頭をポリポリと掻いた。


「それでは依頼も完了した事なので、これでアタシは失礼するっス! また何かあった時はぜひともアタシを頼って欲しいっス!」


「うん、分かったよ。その時はまたよろしくお願いするよ」


「はい! よろしくお願いしますっスー!」


 そう言って彼女は元気よく返事をし、そのまま走り去っていった。そんな彼女の背中を見送った後、僕は軽く背伸びをした。すると、急に眠気が襲ってくる。


「おっと……欠伸が出ちゃったや……」


 僕は口元を手で隠しつつ、小さく呟く。そうして眠気を堪えながら僕はまた自分の机へと戻っていく。


「さて、パソコンの性能も上がった事だし、さっさと残った仕事を片付けて帰ろう」


 そう呟きつつ、僕は性能の良くなったノートパソコンを相手に作業を始める。そしてそのまま時間を忘れて仕事に没頭していくのだった。


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