case4.北島サオリ

第1話


「うーん、ちょっと……いや、かなり困った事になったぞ」


 いつもの職場、生徒相談室にて僕は頭を抱えていた。というのも、ちょっとしたトラブルが起こってしまい、それを解決しようとして頭を悩ませているからだ。


「あぁ、どうしよう……それにしても、なんでこんな事に……」


 そう呟きながらも僕はただ項垂れる事しかできなかった。何故ならば、解決策が全く思いつかないのだ。正直言って八方塞がりであった。


「一体、どうしたら……」


 僕は思わず溜息を吐いてしまう。時間が巻き戻せるなら、数分前に戻ってやり直したい気分にもなる。それぐらい、今の状況としては手詰まりと言うべき状況なのだった。


「何とかならないものか」


 そう呟きながら僕はまた深い溜息を吐いた。時刻は午後四時。猶予とする時間はもうあまり残されていない。それだけに、僕は焦る気持ちを抑えつつ思案を続けた。


 しかし、どうやっても打開策が思い浮かばない。僕の脳味噌はそこで思考停止してしまい、結局は何も出来ずに時間だけが過ぎて行くだけだった。


「本当に参ったなぁ……まさか、こんな―――」


 僕はそう呟きつつ、目の前にある仕事道具―――ノートバソコンを見つめた。画面には何も映っておらず、ただただ真っ青な画面が映っているだけだった。


「書類が完成する直前で、パソコンがフリーズしちゃうなんて……もう、詰んだかもしれない」


 そう、僕が直面している問題とは、唐突なパソコンの故障だった。しかも、作成をしていた書類は提出期限が今日中という窮地に追い込まれており、他の仕事も合わせると後数時間しか残っていなかった。


「こうなったら……いや、でも、こんな事で頼るのはちょっと……」


 そう口篭りながら、僕は葛藤していた。だが、背に腹は代えられないのも事実であり、ここでその手段に頼るのは最善手ではあるのだが……しかし、非常に躊躇してしまうのだ。


「うぅん……これは最後の手段なんだよなぁ……」


 僕は深い溜息を吐くと、覚悟を決める事にした。僕はスマホを取り出してからメッセージアプリを立ち上げる。そしてある相手に向けて『緊急要請』というタイトルのメッセージを送る。そして待つ事、数秒。その相手は直ぐに返信をくれた。


『りょ! すぐに向かうっス!』


 その文面を見て僕は安堵の息を吐く。それから相手が現れるのを僕が静かに待っていると、ドタドタと足音が聞こえてきたと思ったら、勢いよく扉が開かれた。


「お待たせしたっスよ! せんせ!」


 そう言って僕が呼び出した相手―――この学校の生徒である北島サオリは僕の目の前で立ち止まった。トレードマークの眼鏡と癖毛が特徴的な少女である。僕は苦笑を浮かべると、彼女に向けて話しかけた。


「いや、ごめんねサオリ。突然呼び出して」


「気にしないでいいっスよ。それよりも、一体何かあったんスか?」


「うん……それがさ……」


 僕はそう言って彼女に事情を説明した。すると、彼女は目を輝かせながら身を乗り出すようにして尋ねてきた。


「つまり、アタシの力が必要って事っスね!?」


「う、うん」


「任せてください! こんな事態なら、アタシにお任せっス!」


 そう言うと彼女は胸をドンと叩いた。僕は安堵の息を漏らすと、彼女に向けて頭を下げた。


「ありがとう……本当に助かるよ」


「いえいえ、気にしないで欲しいっス」


 彼女は照れくさそうに頭を掻きながら言うと、それから笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「その代わりと言っては何ですが、今度ご飯を奢って欲しいっス」


「あ、あぁ……もちろん構わないよ」


 僕がそう答えると、サオリは嬉しそうに表情を綻ばせた。僕はそんな彼女の様子を見て苦笑を浮かべつつも、内心では感謝していた。自分の力で何とかしようと悪戦苦闘していたが、彼女のお陰で何とかなりそうだからだ。僕は心の中で彼女に感謝した。


「いやー、それにしても。せんせも災難だったっスね。まさか急にパソコンがウイルスに感染して止まっちゃうだなんて、普通は想像出来ないっスよね」


「あ、これウイルスだったんだ。凄いな、サオリは。まだ事情を説明しただけでしっかり見てないのに、良く分かるね」


「え!? あ、いや、それは、その……そりゃもちろん、アタシは機械とパソコンオタクっスから、これくらいの事は話を聞くだけですぐに分かるっスよ!」


「なるほど。流石だね……うん。凄いや」


「褒めても何も出ないっスけどね」


 嬉しそうに笑う彼女に釣られて僕も笑みが溢れる。彼女は本当に可愛げのある子だと思う。そんな事を考えていると、サオリが僕の方を見て声を掛けてきた。


「とりあえず、せんせもお急ぎだろうから、ちゃちゃっと終わらせるっスよ!」


 そう言ってサオリは元気よく笑って見せた。僕はそんな彼女の笑顔に背中を押されながら、彼女の協力に感謝しつつ頷いた。


「うん。本当にありがとう……えっと、よろしくお願いします」


「いえいえ! お安い御用っスよ!」


 そしてサオリはそう言った後、すぐに作業に取り掛かり始めた。真面目な表情で黙々と作業に取り掛かる彼女を見つつも、僕は何も出来る事は無さそうなので邪魔にならないよう静かにしていた。

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