第4話
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「んー、夜風が気持ち良いね、先生」
「そうだね」
僕とチセは学園から少しだけ離れた場所にある公園を歩いていた。僕の横ではチセが笑みを浮かべつつ、ご機嫌な様子である。
「……それにしても」
「うん? どうしたの、先生?」
「最初はデートなんて言われた時、どんな場所へ連れていかれるかと思っていたけど……こんな所で良かったの?」
そう言って僕は目の前にある公園を眺める。すると、チセは微笑を浮かべながら答えた。
「良いじゃん。たまには夜の散歩も悪くないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「それとも……先生は私がもし、夜景の見えるオシャレなレストランでディナーを奢って欲しいって言ったら、付いてきてくれた?」
「いや、流石にそれは無理だから断るけど」
「でしょ? だから、これくらいでちょうど良いんだよ」
そう言ってチセは上機嫌な様子で鼻歌を歌い出した。そんな彼女の横顔を見て僕は改めて考える。こんな所に何しに来たんだろう?
そう疑問に思ったが、楽しそうにしている彼女を見ていると特に問い質す気にはならなかった。なので、彼女に言われた通りに夜の散歩を楽しむ事にしようと思う。
そうして僕らはゆっくりと園内を歩いていく。と言っても、特に何かがあるという訳が無いので辺りをぶらぶらと歩き回るだけなんだけど。
「ねぇ、先生。あっちに行こ?」
「ああ、うん」
チセが指差す方向へと向かって行くと、そこにはベンチがあった。僕らはそこに並んで腰かける。それから特に話す事も無く、ただぼーっとしていた。すると、隣に座っているチセが不意に身を寄せてくる。
「……」
「どうしたのかな、チセ?」
「んー……なんとなく」
彼女はそれだけ言うと、ゆっくりと空を見上げた。僕も彼女に倣って上を向く。そこには無数の星が輝いていた。その光景に僕は思わず見蕩れてしまう。前にエリカが言ってたけど、本当に星が綺麗だ。
そして輝く星の中に紛れて、月が大きく浮かんでいる事に気付いた。それはまるで夜空にぽっかりと穴が空いたかの様な錯覚を覚える程の大きさ。とても神秘的な光景だと思った。
「先生は何を見てるの?」
「ん? 月を、ね」
「月?」
「うん。ほら、見てごらん? 月が凄く綺麗だよ」
そう言って僕は月を指差してからチセに視線を向ける。すると、何故か彼女は目を丸くしてとても驚いた表情を浮かべていた。
「チセ?」
「あぁ……うん、そうだね。確かに綺麗だね」
チセは何やら歯切れが悪そうというか、戸惑っている様子だった。そして彼女は夜空を見上げると、小さく溜息を吐く。
「それにしても驚いたよ……まさか、先生の口からそんな言葉が出て来るなんてさ」
「え? それってどういう意味かな?」
「うーん。それは自分の心に聞いてみればいいんじゃない?」
チセはそう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。僕は首を傾げるしか無かった。そして彼女の言葉の意味を考えてみるが一向に答えは出ず、ただ時間だけが過ぎていった。
しばらくしてチセは満足したのか立ち上がると、こちらへと向き直った。
「さてと、そろそろ帰ろっか」
「……そうだね」
僕はそう答えつつ立ち上がる。それから僕らは来た道を戻る事にした。帰り道も特に何か変わった事も無く、僕らは淡々と足を動かしていく。ただ、行きと違って会話は少なかった気がする。
「……先生って、誰にでもあんな事を言ってるの?」
突然、隣を歩いている彼女がそんな事を口にした。僕は首を傾げて聞き返す。すると彼女は少しムッとしながら言葉を続けた。
「だから……私以外にも、その……月がとか綺麗とか言った事があるのかなって思ってさ」
「え? いや、言った事は無いと思うけど……それがどうかし……」
僕がそこまで言葉を言いかけると、チセは僕の言葉を遮って口を開いた。
「本当に? 本当に言ってない? 絶対?」
「う、うん……言った事は無いと思うよ」
僕は戸惑いながら返事をすると、チセはホッと胸を撫で下ろしていた。そんな彼女の様子を見て僕は首を傾げるしかなかった。
「そっか……なら、良かった」
「……チセ?」
「何?」
「いや、その……今のは、どういう?」
「ふふ、本当に何でもないよ。気にしないで。それよりも、さっきの言葉……私以外の誰にも言っちゃ駄目だからね」
「わ、分かったよ」
僕は困惑しつつも頷く。すると彼女は満足げに微笑むと、そのまま前を向いて歩き出す。その横顔はとても上機嫌に見えて、とても明るく見える。けれど、何故か一瞬だけその表情が寂しげに見えたのは気のせいだろうか? そんな事を考えつつ、僕は彼女の隣を歩いていくのだった。
そしてその後、チセとは途中で別れて僕は学校へと戻って行く。チセとの時間の為に荷物や仕事を残したまま出てきてしまったので、早く戻る必要があった。
「さてと、もうひと頑張りするとしますか」
僕はそう呟いて、足を速めるのだった。
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