第3話


「それで、先生は今まで何していたの? 他の女と浮気とかじゃないよね?」


「浮気って……酷い言われ様だなぁ」


「だって、先生は私以外の女にも優しいじゃん」


「それはそうだよ。だって、チセも他のみんなも僕の大事な生徒なんだから」


「ほら、そういうところが良くないんだってば」


 チセは不服そうな表情を浮かべながらも僕に近付いてきた。そしてそのまま僕の前に立つと、じっとこちらを見つめてくる。


「……やっぱり、先生って女誑しだよね」


「女誑しだなんて、それは心外だよ。異性にモテた経験も無いし、そうした縁が無いからこそ、この歳になってもいまだに彼女も嫁さんもいないっていうのに」


「……」


「って、痛い痛い! ちょっと、蹴らないでよ」


 チセは不満そうにしながら無言で僕の脛を蹴る。しかし本気で蹴っている訳では無いから、痛くはあるもののさほどダメージは無かった。


「いきなりどうしたんだい、チセ」


「……別に」


 そう言って彼女はそっぽ向いた。僕が困った様にしていると、彼女はぼそりと呟く様に言う。


「先生はしばらく独身でいれば良いんだよ」


「どういう意味かな?」


「そのままの意味」


 それからチセは改めて僕の方を向くと、真っ直ぐ僕の目を見つめながら告げてきた。


「先生の為に言っとくけど、あまり他の女に優しくするのは止めた方がいいよ」


「……どうして?」


「いつか絶対、襲われるか刺されたりするよ」


「いや、そんな事無いでしょ。だって僕だよ?」


「その自覚が無いのが先生の一番怖い所なの」


「?」


 僕は良く分からなかったけど、取り敢えず頷いておく事にした。そして彼女にこう問い掛ける。


「まぁそれはそれとして……今日はどんな用件で呼んだのかな?」


「用件? 別に、用件っていうほどじゃないけど……ただ、先生に会いたかったから呼んだだけ」


「……本当にそれだけなの?」


「うん」


 当たり前のように頷く彼女に僕は思わず溜息を漏らす。それから改めて口を開く。


「あのさ、チセ。僕もそこまで暇じゃないんだよ。一応、先生という立場だからやる事だって沢山あるし……」


「いいじゃん、別に。困っている生徒のケアが先生の仕事なんだから、それくらい付き合ってくれてもいいでしょ?」


 チセは悪びれもせずにそう言った。そんな彼女に対して、僕はまた溜息を吐く事しか出来なかった。


「全く……分かったよ。それで何をご所望なんだい、お姫様?」


「お、おひっ!?」


「ん?」


 僕がチセに向けて何を望んでいるのかを尋ねると、何やら彼女は顔を赤くしながらこちらを見つめてくる。


「どうかした?」


「その……さっきのやつ……もう、一回」


「え? 何が?」


「……っ! あぁ、もう! 何でもない!」


 そう言いながらもチセは僕をじっと見つめていた。そんな彼女の様子に首を傾げる。そして問い掛ける事にした。


「何か気になる事でもあった?」


 すると彼女は顔を背けながら小さく呟いた。


「……別に」


 チセはそう言って、もう一度こちらを見た。その後、頬を赤らめたまま、照れくさそうにはにかむと、改めて口を開いてこう言った。


「やっぱり先生には敵いそうにないなぁ……って思ってさ」


「それは……どういう意味で?」


「そのままの意味。他意は無いよ」


 彼女はそれだけ答えると、僕に向けて背を向けてしまう。その耳はほんのりと赤くなっていた。


「それで今日は何するつもりなのかな?」


「んー? そんなの決まってるでしょ」


 そう言うとチセはゆっくりと振り返り、微笑みながら告げてくる。


「デートしようよ、先生」

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