第2話
屋上へと繋がる階段を一歩一歩確実にその歩みを進めていく。そして階段を上り切った所で屋上へと続く扉が視界に入った。
「……」
僕は無言のまま、その扉に手を掛ける。そしてゆっくりと力を込めて押し開きながら、外の景色へと視線を向けた。そこには穏やかな風が吹き抜ける中、こちらに背を向けた少女が佇んでいた。
彼女のショートボブの黒髪がそよ風に揺れている。そして僕が扉を開けた音に気が付いてか、彼女はゆっくりと視線をこちらに移して来た。彼女はこちらを向いたまま動きを止めるも、その顔に驚きは無い。僕も同様に何も言わないまま、彼女と目が合う。
互いに無言で見つめ合い、沈黙が訪れる。その間を強い風が駆け抜けていった。しばらくそうしていると先に口を開いたのは彼女の方であった。
「遅かったじゃん、先生」
少し呆れたような声で彼女―――南雲チセが僕に向けてそう告げた。僕はそれに応える様に苦笑いしながら頭を搔いた。
「急な呼び出しだったから、これでも急いできたんだよ?」
その一言でチセの表情が分かりやすく曇る。どうやら機嫌を損ねてしまった様だ。それを見て僕は彼女に近付いた。
「それでも、ごめんね。遅くなっちゃって」
「……」
チセに向けてそう答えると、彼女は何も言わなくなってしまう。そんな彼女にどう声を掛けるべきか考えていると、不意に彼女が小さく口を開いた。
「……別に、いいけどさ」
不満げに彼女は告げると、顔を背けた。僕はそんな彼女の正面に立つと、小さく溜息を吐く。それから改めて彼女へ声を掛ける。
「こんな先生だけど、許してくれるかい?」
「……うん」
「ありがとう」
僕の言葉を受けて、彼女は小さく頷いた。そんな反応を見ながら、僕は彼女にこう告げた。
「ねぇ、チセ」
「何?」
「君が僕を許してくれるなら……そろそろフェンス越しじゃなくて、普通に話す事は出来ないかな?」
チセに向けてそう問い掛けつつ、僕は目の前にある落下防止の為に設置をされたフェンスに触れる。僕とチセとの間にはそのフェンスで隔たれていた。
僕はこれがあるから屋上から転落する事は無いけれども、彼女は少しでも誤れば落下してしまう。まずはチセの安全を保障した上で彼女と話しをしたかったので、そう聞いたのだ。
「ね? 君と僕との間にこんな壁はいらないと思うんだ。だからさ」
僕はそんな前置きをしつつ、首を傾げてチセに提案する。すると彼女は少しだけ考える様な素振りを見せるも、やがて小さく首を縦に振った。
「分かった」
そしてチセはフェンスに手を掛けると、ゆっくりとよじ登っていく。彼女が落ちてしまわないか僕はハラハラしつつその様子を見守るが、彼女はフェンスの頂上まで辿り着くと、そこから飛び降りる様にしてこちら側に着地してきた。その際に彼女のスカートがふわりと揺れる。
「っと、危ないじゃないか」
「だって、先生が来いって言ったんでしょ?」
「うん、まぁそうなんだけどね」
着地したばかりのチセはそのまま僕の方へ歩いて来る。
「で、これでいいの?」
「うん。ありがとう」
そう言って僕はチセに向けて小さく微笑み掛ける。すると、彼女は照れくさそうに顔を背けた。
「ところで……チセはどうして、あんな場所にいたんだい?」
「……気になる?」
「まあね。だって、危ないでしょ」
「んー、それもそうなんだけどさ」
「何かあったの?」
「別に大した事じゃないんだけど」
そう言ってチセは小さく笑う。そして僕に向けて口角を歪めながら告げてきた。
「私が危ない事をしてれば、先生は急いで駆け付けて来てくれるでしょ?」
「……」
「良かったね、先生。あと少しでも遅かったら、飛び降りてやろうと思ってたんだから」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うチセに呆れながらも、僕は苦笑を漏らす事しか出来なかった。
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