case2.北大路エリカ
第1話
ある日の昼休み。今日も僕は一人で生徒相談室に籠り、職務を進めていた。外からは生徒達の活気のある声が聞こえてくるけど、この部屋の中はとても静かである。
僕がそうしていると……コンコンと扉をノックする音が聞こえた。それに反応して顔を上げると、扉の外から「失礼します」という声が聞こえてきたので僕は「どうぞ」とだけ答えた。すると間もなくして扉が開けられる。するとそこには一人の女子生徒の姿があった。
肩口ぐらいまで伸びた栗色の柔らかな髪が印象的であり、切れ長の目と白く透き通るような肌が特徴的で、どこか物静かな雰囲気を醸し出している子である。
「先生」
彼女は短く、そしてぽつりと呟く様にして言いながら部屋に入ってきた。そして部屋に入ってからは一言もしゃべらず無表情のまま僕の事をじっと見つめていた。
なので、僕も黙ったまま彼女の方から用件を切り出されるのを待つ事にする。するとしばらく経ってから彼女は静かに口を開いた。
「先生。今日も、ちゃんと来たよ」
「うん。こんにちは、エリカ」
彼女―――この学校に通う一年生である北大路エリカの言葉に僕が返すと彼女は小さくこくりとだけ頷いた。僕は席を立ちつつ彼女へ更に話し掛けた。
「まあ、立ち話もなんだからさ……座って話そうか?」
「……うん」
そう言って僕は彼女と向かい合う様にして座る。それからちらりとエリカを見てみれば、相変わらず感情の読めない無表情のままでいたけれども、やがてゆっくりと口を動かし始めた。
「特訓」
彼女はその単語を呟いてから、更に言葉を続ける。
「今日も特訓、お願い」
「うん。もちろんだよ」
僕が答えるとエリカは小さく頷いた。それから僕は一度視線を彼女から外して時計を見る。そして時間を確認してからまた視線を元に戻した。
「ちなみにだけど……エリカはもう、昼食は済ませた?」
「……」
「エリカ?」
僕が続けてそう尋ねると、彼女はふるふると首を横に振った。
「ううん、まだ」
「そっか」
それからエリカは小さな包みを僕の前に突き付けてきた。恐らく彼女が今日持ってきた昼食が入っているのだろう。
「今日のご飯」
「……今日は何を持ってきたんだい?」
「おにぎり」
そう言ってから彼女は包みを開くと、中にはサランラップに包まったお手製のおにぎりが2つ出てきた。
「前も確か、おにぎりだったよね」
「うん」
「エリカはおにぎりが好きなんだ」
「別に。作るのが簡単だから」
「そうなんだ……」
そう答えるエリカに僕は苦笑しながら答えた。
「じゃあ、まだ時間もあるから……特訓の前に、食べてしまおうか。特訓はそれからでもいいかい?」
「うん。分かった」
そう答えるとエリカは包みを机の上に置くと、両手で2つのおにぎりを掴んだのだった。まさか同時に2つを食べるのかと僕が思っていると、彼女は片方のおにぎりを僕に向けて差し出してきた。
「ん」
「えっと……エリカ?」
「先生の分」
「けど、それはエリカが持ってきた分だから、エリカが全部食べるべきなんじゃ……」
「ううん。先生にあげる。だから食べて」
「いや、でも……」
僕が遠慮気味に返事すると、彼女は少しだけ身を乗り出してから更におにぎりを近付けてきた。どうやら彼女は退くつもりはないらしい。なので僕はありがたく彼女の厚意を受け取る事に決めたのだった。
それから僕は差し出されたおにぎりを一口食べた。塩気があって美味しいと感じるけど……なんとなく照れ臭くもあったりする訳で……。そんな僕を見てエリカは不思議そうに小首を傾げながら尋ねてきた。
「どう?」
「うん、美味しいよ」
「良かった」
僕の言葉を聞いてエリカはホッと胸を撫で下ろすと、彼女もおにぎりを口に運ぶのだった。そしてしばらく無言でおにぎりを食べ続ける僕達。ちなみにおにぎりの中の具は海苔の佃煮だった。どうして中の具をそのチョイスにしたのかは謎だったけど、美味しいので特に気にせず食べるのであった。
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