第3話
それからタオルを使ってゴシゴシと髪や身体の水分を取る音だけが聞こえて来る。そして少しの時間が流れると、しばらくの無言の後にアスカが口を開いた。
「ねぇ、せんせー?」
「……どうしたの、アスカ?」
「今、せんせーって……恋人とかっているの?」
唐突な質問が飛んできた。それに対し僕は内心驚きながらも、純粋に返答した。
「唐突だね。どうしたんだい?」
「えへへ~……別に大した理由なんて無いよ? ただ、何となく聞いておきたいって思っただけだよ」
「……今はいないよ。残念ながらね」
「……そうなんだぁ~」
僕の回答に何だか嬉しそうな反応を示すと、そのまま鼻歌を歌いだした。その歌声からは先程のようにコロコロと表情を変える様を思い浮かべてしまうのだが……多分それは気のせいではないはずだ。
きっと今の彼女の頭の中では楽しい想像が繰り広げられている事だろうと思う。まあ、彼女が何をどう思っているかという事自体は当然自由なので好きにしてもらって構わないのだけれども。
そしてしばらく時間が経つと、アスカが着替えを済ませて僕の前に移動をしてきた。制服じゃなくて学校指定のジャージに身を包んでいる。しかし、アスカの場合は何を着ていても似合っているように見えるから不思議だなと思う。
「じゃあ、せんせー。着替え、いつもありがとね。あとタオルも」
「うん、気にしないでいいよ」
「また洗って返すから、明日もここに来てもいい?」
「それは構わないけど……別に返すのはいつでもいいからね。アスカの都合の良いタイミングで返してくれればいいよ」
「む、それじゃ駄目なの。私が明日って決めたんだから、明日じゃないとダメなの」
「はいはい」
「じゃあ、そういう事だから。明日また来るね?」
「分かったよ。待ってるから……気をつけて帰るんだよ?」
僕がそう言うと、アスカはまたしても楽しそうな笑顔を見せる。それからもう一度だけお礼を述べた後に勢い良く室内から出て行くのだった。
バタン――と、勢い良くドアが閉まる音が部屋に響くと共に静寂な時間が戻ってくる。そして僕は椅子の背もたれに寄り掛かりながら、ふぅ……と小さく溜め息を漏らした。改めて部屋の中を見回すと、先程まで騒がしくしていた少女の残り香を感じ取ってしまう。
それから僕は椅子の背もたれから背中を離してゆっくりと立ち上がった後、ふと窓の外へと視線を向ける。相変わらず雲一つ無い青い空が広がっていて―――透き通る様な青色がどこまでも広がっていて、それでいてとても静かだった。
「しかし……アスカも大変だな。先週もそうだったけど、今日も通り雨に遭遇するなんて」
窓から見える景色を眺めながら僕はぼそりと呟いた。それにしても雨に降られた後にあんなに元気に動き回れるなんて、本当に彼女は元気だと思う。
「ま……あれだけ元気な方がアスカらしいよね」
何となく思った事を口に出した後、ふと我に返りつつ苦笑混じりで溜め息を零した。
「……さて、そろそろ仕事に戻るか」
静かな時間をもう少し噛み締めていたい気持ちも持ちながらも、僕は自大きく伸びをしてみせた。そしてふぅっと息を吐いてから気持ちを切り替えてから再び僕はデスクの方へ向かっていくのだった。
今日も僕はこの部屋で―――生徒相談室にて一人、のんびりと与えられた職務をこなしている。先程の出来事を思い出すと、流石に気疲れしていたのもあったのだけれども……これはこれで忙しい日々を過ごしているのかもしれない。
そんな事を思いながらも、僕はペンを走らせては書類に目を通していく。―――そんな時間を今日もこうして過ごすのであった。
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