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謎の美女は、レイカと名乗った。
本名なのか偽名なのかは不明だが、それ以上尋ねることはしなかった。
直人は、なぜ自分なのか、どうしてあの時あの場所にいたのか、いくつか質問したが、何となく、という答えしか得られなかった。
他にも訊きたいことは大量にあったが、何か言おうとするたび「条件、忘れたの?」と睨まれるので、諦めた。
あれから直人は、レイカの運転する車に乗せられ、小さなカフェの前で下ろされた。
こぢんまりした二階建ての一階部分にあるそのカフェは、正面の壁が蔦や植物で彩られ、木の扉が閉まっていて中は見えなかった。
洒落たフォントで書かれたcloseの看板が扉に掛かっている。
「はい、ここ私の家」
「え、お店?」
「昼間はね、カフェやってるの。一応情報収集のためにね。メニューは少ないけど、私、顔が良いから」
自分で言うんだな、と思いつつ、確かにこの顔を拝みながら飲む珈琲は、数倍美味しく感じるのではないかという気がした。
中に入るとレトロな喫茶店といった雰囲気で、店内は狭く席数も十席程度だが、何となく落ち着くような空間だった。
奥にカウンターがありそこには四席、そのほか二人掛けの席が三セットあった。
「お店も手伝ってね。作業は簡単だから。珈琲や紅茶を淹れて、お客さんに出して、食器洗って、お会計するだけ」
人殺しという物騒な話に巻き込まれたと思っていたら突然カフェの店員をしろと言われ、直人は少し面食らった。
ただ、幸い学生時代にコーヒーショップでアルバイトをしていた経験があるので、何とかなりそうだった。
それからレイカは直人に紅茶を一杯淹れてくれたが、直人の嗅いだことのない優美な香りがする不思議な味だった。
彼女はお茶や珈琲が好きで、茶葉や豆にはこだわっているらしい。
顔で売っているようなことを言っていたから味は大したことないのだろうと思っていたが、意外だった。
建物の二階は、部屋が二つと浴室、洗面所、トイレが備わっていた。
直人には二つのうち小さい方の部屋があてがわれた。そこは、シングルベッドと机が一つに椅子が一脚置いてあるだけの簡素な部屋だった。
それから、二人の奇妙な共同生活が始まった。
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