優勝劣敗

三鹿ショート

優勝劣敗

 道端に転がっている死体を見て、自分もまた同じような末路に至ることはなかったということに、私は安堵していた。

 前を歩いていた彼女は振り返ると、口を動かしたが、何を言っているのか、私にはまるで分からなかった。

 だが、否定的な言動をすれば、彼女の機嫌を損ねることになってしまうのではないかと考え、私は首肯を返した。

 彼女は笑みを浮かべると、道端に転がっていた死体に近付いて行く。

 そして、迷うことなく、その死体を食し始めた。

 相手の肉体に筋肉や骨など存在していないかのように、彼女は肉の塊を咀嚼していく。

 周囲に彼女の食事の音が響くが、反応する人間は皆無である。

 何故なら、このあたりで残っている人間といえば、私だけだったからだ。


***


 彼女は、ある日突然、姿を現した。

 空から落下してきたにも関わらず、怪我の一つも負っていないその姿に、人々は関心を抱いた。

 しかし、人々がどれだけ話しかけたとしても、彼女は反応することなく、その場で横になると、寝息をたてはじめた。

 当然ながら、人々は困惑したが、中には下種が存在していた。

 彼女が眠っていることを良いことに、その肉体を恣にしようとしたのである。

 下卑た笑みを浮かべた男性が彼女の肉体に触れた瞬間、彼女は目を開いた。

 それと同時に、彼女の肉体に触れていた男性の手が、吹き飛んだ。

 突然の出来事に、まるで時間が停止したかのような空気と化したが、やがて悲鳴が響き渡った。

 彼女は逃げ惑う人々に目をやった後、出血を止めようとしている男性の頭部を掴むと、それが豆腐であるかのように、あっさりと潰した。

 人々の動揺はますます大きなものと化し、やがて騒ぎを聞きつけた制服姿の人間たちが現われた。

 制服姿の人間たちは、彼女に向かって何かを叫んでいたが、次の瞬間には、全ての人間の頭部が宙を舞っていた。

 一体、何をしたのかと目を向けると、何時の間にか彼女の手には刃物が握られていることに気が付いた。

 そのようなものを何処に隠し持っていたのかと思っていると、彼女が腹部に手を突っ込み、其処から新たな武器を取り出したために、体内に存在していたのだということに気が付いた。

 それから彼女は、手にした武器を使用し、視界に入った人間の生命を悉く奪っていった。

 私はといえば、あまりの出来事にその場に座り込み、失禁していた。

 やがて、全身を赤く染めた彼女が私に近付いてきたため、私は死を覚悟したものの、彼女は意外な行動に出た。

 私に対して、手を差し伸べてきたのである。

 何のつもりかと思いながらも、私は彼女の手を掴み、立ち上がった。

 その姿に、彼女は満足そうに頷くと、歩き始めた。

 少しばかり歩いた後で振り返ったために、共に歩くことを求められているのだろうかと考え、私は彼女の跡を追った。

 それから彼女と行動を共にしていて分かったことといえば、彼女は目についた人間たちの生命を、必ず奪うということである。

 まるで、彼女は人間を殲滅するために現われたように考えられるのだが、それでは、何故私が無事であるのかということについて、納得することができる説明は無い。

 これまでの行動を見れば、彼女が人間ではないということは分かるのだが、何のために人間のような姿をして、人間たちを殺めているのかということもまた、分からなかった。

 だが、理解しようとしたところで、それは無意味な行為だろう。

 自分たちとは異なる思考で生きている存在を理解することなど、出来るわけがないからだ。

 それがこの惑星の外部からやってきた存在ならば、なおさらのことである。


***


 歩き続ける彼女は、時折人間を殺めてはその肉体を食し、日が暮れてきたら寝るという行為を繰り返すばかりだった。

 彼女の行動様式を把握することができたために、私もまた歩き続け、彼女が眠れば眠るという行動に及ぶようになった。

 彼女の殺戮を見、眠り、歩き続けるという行為の繰り返しには、段々と嫌気が差すようになったが、逃げ出すことで私もまた生命活動を終えることになってしまうのではないかと恐れ、結局、私は彼女の跡を追うことしかできなかった。


***


 数十年ほどが経過した頃、私と彼女は、初めて邂逅した場所に戻ってきた。

 徒歩で全ての土地を行くとは考えていなかったために、達成感のようなものを覚えていた。

 そのような私に向かって、彼女は手を差し出してきた。

 握手でもするつもりなのだろうかと考えながら、その手を握ろうとしたが、次の瞬間には、私の視界は自身の背丈よりも高い場所を捉えていた。

 それから、首の無い私の肉体を目にすることができたために、彼女が私の首を吹き飛ばしたのだということに気が付いた。

 地面に落下するまでの間に、私を殺めることなく連れ回した彼女の行動の理由について考えた。

 もしかすると、彼女は孤独を避けるために、私を同行させたのではないか。

 それならば、彼女が私に手を出さなかったことにも納得することができる。

 しかし、結局、彼女が何故、人々を殺めたのかということは、分からなかった。

 自然を破壊し、同じ人間同士で争い、罪を重ねる我々を罰するために、何者かが送り込んだのだろうか。

 だが、考えたところで、意味は無い。

 何故なら、彼女には話が通じることもなく、私は生命活動を終えるからだ。

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優勝劣敗 三鹿ショート @mijikashort

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