第12話 任せてもらってみた
燃え上がっていたそれが、爆発するように急激に膨れ上がっていく。
「きゃっ」
その風にあおられて、シルビアの悲鳴があがる。
絡み付かせていた、俺の記述紋の炎の鞭も、同じ風でかき消されてしまった。
その炎の鞭の束縛を離れたそれの姿は、大きく変容していた。もとの犬の姿はやはり外側だけだったようだ。
カレンの推察通り、その中身につまっていたのは植物的な何か。それが大きく幹を伸ばし、枝を広げていく。ただ、その質感は犬の肉のまま。
グロテスクな見た目の巨木が、そこに現れていた。
「プラント・ジャイアントね。シン、手伝う?」
「いや、大丈夫。それより離れてて」
「はーい」
カレンがシルビアをつれて後ろに下がっていってくれる。
実際のところ、それだけでとても助かる。巻き込む心配が減るのは大きい。
俺たちがそんなやり取りをしている間に、カレンがプラント・ジャイアントと呼んだグロテスクな巨木は自らの根を引き抜き、歩きだしはじめる。枝が寄り集まると、腕のようになる。
その姿は確かに、巨人と呼ばれても違和感のないものだった。
──さすが、カレン。プラント・ジャイアントなんて、俺も名前を聞いたことがあったかも……程度なのに。あの状態でよく判別できるよなー
俺はカレンの知識と諸々に感心しながら、描き貯めておいた記述紋を解放、実行する。
「え、また炎の鞭ですか? あれじゃあまた吹き飛ばされてしまうんじゃ……」
現れたのは、シルビアの言う通り、先ほどと同じく炎の鞭。
しかし、その数は八本。
俺のペンの動きにあわせて、八本の炎の鞭の先が、地面を抉るようにしてプラント・ジャイアントの足元へと迫っていく。
八つの軌跡を大地に残し、プラント・ジャイアントを撃ちすえようと迫った炎の鞭。
鞭の先が次々とプラント・ジャイアントを強打する。苦痛の呻きをあげるプラント・ジャイアント。その足には抉れた跡が刻まれる。しかしプラント・ジャイアントの手に、それぞれ一本の炎の鞭が掴まれてしまう。
プラント・ジャイアントの雄叫び。
そと共に、プラント・ジャイアントから再び強風が吹き荒れる。
一種の詠唱魔導だろう。
呼び出された風によって捕まれていた炎の鞭、二本が吹き飛ばされてしまう。
「あっ」
「シンが任せって言ったのなら大丈夫だから。安心して見てて、シルビアさん」
背後でカレンが、不安そうに声をあげたシルビアをなだめている。
俺は残った炎の鞭を操り、再び低空からプラント・ジャイアントの足を狙って鞭を振るう。
再度、大きく足を抉る鞭先。
しかし再び鞭がプラント・ジャイアントに掴まれてしまう。
「もう、残り半分ですよっ!」
「平気平気。もう、プラントジャイアントは詰みだから」
「え」
「ほら、地面をよく見てみて」
カレンはシルビアに、プラント・ジャイアントの足元の地面を見るように促している。
「え、もしかして魔導紋、ですかっ」
「そう。シンって器用だよねー」
──いやいや、カレンほど精緻な魔導紋は到底俺には書けないから。できるのはこういう曲芸みたいなものだけさ。簡単なものしか書けないし。大きい分、威力だけはあるけど。
俺は二人の会話を流し聞きしながら、少し自嘲気味に大地に、炎の鞭先で描いた魔導紋へとペンを突き立てる。
「解放。実行。『炎』」
ちょうど地面の魔導紋の中央に立つプラント・ジャイアントを中心にして、『炎』が、煌々と燃えあがりながら、起立したのだった。
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