第9話 仮説を説明してみた

「シン殿、本当にありがとうございました。その、結局足手まといになってしまい……このお詫びは何なりと……」

「いえいえ、仕方ないですよ。ゴブリンプラントなんてマイナーなモンスターですし。あれ、見分けられるのはカレンぐらいですって」


 俺は、落ち込んだ様子のシルビアを慰めるように答える。カレンは、あの場の異界化の分布傾向からモンスターの種族を推察したはずだ。


 推測に過ぎないが、周囲の草木の異界化による変容の進行度合。ロナの倒れていた位置と、これまでこの領内で観測した異界化の兆候の分布。

 それらを複合的に判断して、あれがゴブリンプラントだと、カレンは目星をつけたのだろう。


 そういった特殊な方法でしか見分けがつかないぐらい、ゴブリンプラントは擬態が上手かった。シルビアが普通のゴブリンだと思って対応しようとしたのも致し方ない。


「それでその、カレンさんはいま、何を? 先ほど空間の歪みとおっしゃられていましたが……」


 俺の慰めの言葉が効いたのかはよくわからないが、話題を変えるシルビア。その手はすっかりシワシワになってしまった騎士服を延ばそうと、忙しなく動いている。

 幸いなことに、破れはしなかったようだ。


 あんまり見つめるものじゃないかと、俺はシルビアから視線をそらしながら、答える。


「そこ、よーく見てみて下さい。向こう側の景色が僅かに歪んでいるのがわかります?」

「あっ──み、見えました」

「空間の歪みは、こことは異なる世界と、この世界が重なりあって出きると、カレンは考えています。そして歪みこそが異界化の真の姿、なのではとカレンは仮説を立てているんですよ」


 俺はカレンから耳タコで聞かされたフレーズを繰り返すように口にする。ちなみにこの仮説は王立魔導工房内でも異端視されていた。

 詠唱派からの嫌がらせでも、カレンはこの仮説の件で、散々弄られていたようだ。


「異なる、世界」

「はい。シルビアさんのお父様が消えてしまったこと。そして、この世界ではすでに伝承の中の存在のはずのロナの出現。それらはたぶん……」

「じゃあ、ち、父はその異なる世界にいると?」

「落ち着いてください。ほら、カレンの方、そろそろ完成しますよ」


 俺は迫るように近づいてきたシルビアの肩を押して距離を取ると、なだめるように告げる。


「シン、準備は大丈夫?」

「ああ、いつでもいいぞ」

「大物、くるかもー。いくよ。魔導紋、解放」


 ノート、数ページにわたってカレンによって描かれた、一つながりの魔導紋章。


 その大きさと複雑さ。そして、ノートの複数ページを跨がる魔導紋章という、世界でカレンにしか描けないそれが、実行された。

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