第8話 遭遇してみた

「そろそろのはずです」


 お付きの女性の服装から、騎士服に着替えたシルビアが告げる。

 剣を携えたその姿はなかなか凛々しく様になっていた。


「シン殿、連れていただき感謝致します。足手まといには、絶対になりません。いざという時はこの身を盾とし、捨て置き下さい」


 重々しく告げるシルビア。


「シルビアさん、そんなに気負わなくても大丈夫。シンならなんとかしてくれるから」


 あっけらかんとシルビアに答えるカレン。その信頼はありがたいが、言ってることは適当だ。


 そんなやり取りをしながら、俺たち三人は警戒しつつ進んでいく。

 ちなみにロナはマリエッタの所に置いてきた。あの詠唱魔導の威力から考えると、ロナが相当の実力は秘めているのは明らかだったが、なにぶん記憶を失っていることもあり、無理はさせたくなかったのだ。


 ──それに、この先に待つものがロナにとって良くない物の可能性も高いしな。


 実際に、進んでいく俺たちの周囲の、異界化の兆候はこれまでに無いほど著しかった。


「モンスターです。数は二」

「ゴブリンソルジャー? いえ、あれはもしかして……」

「カレン?」


 駆け寄るように近づいてくる二足歩行のモンスターが、二体。

 速い。

 その手にはナイフのようなものが見える。

 振りかぶられたナイフが光を反射してキラリと光る。


 抜剣したシルビアが一体のモンスターのナイフをその剣で受け止める。


「あ、ダメっ!」


 次の瞬間だった。ゴブリンソルジャーだと思われたモンスターの体がまるでほどけるようにバラバラになったかに見えた。


「あれはゴブリンプラントよっ。シンっ!」

「はいはい」


 無数の蔦へと変貌したゴブリンプラント。シルビアの体へ、その蔦が絡み付くと一気に締め上げようとする。


「きゃっ、ぐぅ……」


 避けようと身を翻すも、あえなくゴブリンプラントの蔓に捕まってしまうシルビア。


「シルビアさん、少し我慢して下さい。記述紋、解放。実行」


 俺は宙へ浮かべた記述紋に左手を添えると、ゆっくりと手を引く動作をする。

 その動きにあわせて、記述紋から炎の剣が現れる。


 カレンがゴブリンプラントだと告げてから俺が描いたのは、「炎」と「固定化」の魔導紋を組み合わせた記述紋だった。


 二体現れたゴブリンプラントのうち、シルビアを捕獲したのとは別の個体がカレンへと迫る。


「来たよっ!」

「はいよ」


 俺はカレンを庇うように前に出ると、その体をほどきかけたゴブリンプラントへと炎の剣を横薙ぎに振るう。


 野太い悲鳴をあげて、ゴブリンプラントが燃え上がり、そのまま倒れ伏す。


「ぐ、はぁっ──」


 その間にも、宙吊りになりギリギリと締め上げられていたシルビアのつらそうな声。


「すいません、お待たせいたしました!」


 俺はカレンの安全を確認すると急いでシルビアを束縛する蔓へとかけより、左手を振るう。

 炎がシルビアへと燃え移らないように慎重に蔓を切り裂いていく。


「も、う──あっ、んっ……」


 ようやく束縛から解放されたシルビアが落ちてくる。俺は記述紋を消して、シルビアの体を受け止める。

 その後ろでは、燃え始めていた炎がゴブリンプラント全体へとちょうど燃え広がっていた。


「遅くなってしまって、すいません」

「ケホっ、ケホ──だ、大丈夫です。あの、ありがとうございます。おろ、して……」

「あ、すいません。どうぞ」


 俺はシルビアが立てるようにそっと地面に下ろしてあげる。


「シン……」

「どうした、カレン」

「なんでもない。それより、そこ」


 変な顔をして俺の方を見ていたカレンだったが、首をぷるぷるとふると、少し離れた位置の一点を指差す。


「何も見えない──、いや、空間の歪みがある?」

「そう。今回の異界化、やっぱり只事じゃないかも」


 そう呟きながら、カレンは「ノート」を取り出す。

 そして、すごい勢いで魔導紋を描き始めるカレン。

 それは、俺が知る限り天才たるカレンにしか描きえない魔導紋。神の領域にすら届きうる、唯一無二の魔導紋が急速に描き上がっていっていた。

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