第3話 調査に出発してみた
「カレン、馬車でそんなことしてると酔うぞ」
「うーん。もう少しだけー」
「吐くなら外に吐けよ」
「そんなことには、ならないもん」
俺たちのそんなやり取りを、対面に座るマリエッタが不思議そうに見ていた。
俺たちは自領へと戻るマリエッタの馬車に同乗させてもらっていた。
マリエッタたちの住まう土地で起きている異界化の兆候と思われる異変。その解決依頼を、俺とカレンは無事に受注できたのだ。そのため、こうしてマリエッタたちと向かっている途中だった。
ちなみに、報酬はなかなかの金額で契約出来ていた。手付金もしっかり受領済みだ。
──カレンはそこら辺、ゆるゆるだから。俺がしっかりしないとな。
俺が自分の仕事を再確認していると、手綱を握るシルビアが御者台から焦ったように声をかけてくる。
「皆様! 外に何かっ。あっ、あれは……異界化に見えます!」
「おおっ! さっそくサンプルが来たっ! マリエッタさん達の心配、的中しちゃったみたいだね、シン。おっぷ……」
覗き込んでいた『ノート』から、元気良く顔をあげたカレンが次の瞬間、口許をおさえて嗚咽する。
「ほーら、言わんこっちゃない。下向いてるから。カレン、馬車の中を汚すなよ。外は俺がやってくるから、おとなしくしてろ。シルビアさんっ。対処するので馬車を停めてくださいっ」
俺はカレンをたしなめつつ、馬車を止めるようにお願いする。驚いたような声が返ってくる。
「お、お嬢様、逃げなくて良いのですか!?」
「シルビア、停めて。彼らを信じましょう……?」
嗚咽しているカレンを見ながら、それでも馬車を止めるようにいってくれるマリエッタ。
「シン……サン、プル。だから、ね」
「わかったわかった」
馬車が止まったので、俺は外に出る。
そこは、確かに異界化していた。
ただ、幸いなことに、どうも異界化してすぐの状態のようだ。
というのも、魔導師としては並み程度の俺から見ても、今の時点では、大したことは無さそうに見える異界化だったのだ。
──これは、ラッキーだったかもな。マリエッタ達が異変を感じて早急に動いてくれたこと。そしてたまたま、暇してる魔導師の俺たちと出会った。何か一つ違えばかなりの被害が出てたかもだ。
「異界化に伴う付随モンスターも、ランク1からランク3ってところか」
異界化の脅威を手っ取り早く測れるのが、その異界化に伴って現れるモンスターだ。今回はゴブリンたちだ。その手には石や骨を構えている。
そして時間が経つほどに、この付随モンスターの強さも上がっていくのが普通だった。
こういったモンスター以外にも、特有の土地や空気の変化、様々なオブジェクトの出現なども異界化によって生じているのだが、そこら辺を総合的に細かく精査するには、カレンのような天賦の才が必要だった。
「シン、異界化の核、右前方奥のはず……うっぷ……。人里が、近いから……」
馬車から顔を出したカレンの指示。
カレンは一目見て、異界化の時間変化による進行具合を地理的に把握し、核の位置を推察したのだろう。まさにこれが、俺には出来ない芸当だった。
「まっすぐ核に向かえばいいんだな。了解っと。よっと、記述紋、解放」
俺は右手に持った『ペン』で自身の『ノート』に、返事をしながら記述紋を書き上げる。
ランクの低いモンスターにあわせて、記述紋は、簡易的な魔導紋章を二つ組み合わせた最低限のものだ。
一つの魔導紋章は炎を生み出すもの。もう一つの魔導紋章はそれを前方四十五度の弧状に放射するもの。
そのシンプルな記述紋──「放射炎」が解放のフレーズにあわせて『ノート』から浮かび上がる。
「実行」
『ペン』先で記述紋をつつくと、生み出された炎の放射が始まる。
それが俺の方へと迫ってきていたゴブリンたちを飲み込んでいく。
十分な火力で、ゴブリンたちが倒れ、次々に魔素へと還元されていく。
俺はその様子を確認しつつ、記述紋からの炎を止めると、早足で駆け出す。目指すのは当然、異界化の核だ。
──のんびりしてるとまた暴走した魔素がモンスター化するかもだし、何よりカレンの指示だからな。それに、もしカレンの奴が馬車を汚していたら、早く戻って片付け手伝ってやらないといけない。
俺はこの時はまだ、こんなに人里近くで起きるのは珍しいなとは感じつつも、良くある異界化だろうと思っていたのだった。
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