第2話 会話に交ざってみた

 同僚の紋章派の魔導師たちに惜しまれつつも、無事に引継ぎを終わらせ退職してきた俺とカレンは、優雅にお茶をしていた。


 ──平日の昼間からカフェでお茶。目の前には気心の知れた幼馴染み。うん、仕事やめた醍醐味だな。


 テラス席に降り注ぐ穏やかな日差しを浴びながら、俺はそんなことを考えていた。

 カレンは少し落ち着かない様子でキョロキョロとしている。カレンは、のめり込むタイプの研究者肌のところがあるので、不真面目な俺と違って、あまりこういう場所には来ないのだろう。


 両手で抱えるように持ったお茶のカップを傾けて一気に飲み干すカレン。


「シン、それで私、考えたんだけど」

「おう。今後のことか」

「そう。最終的には工房を構えるには、やっぱりまずはお金は必要じゃない」

「そうだな」


 工房の設立にはクリアしなければいけない関門が大きく三つある。そしてそのどれにもお金は必要だった。


「やっぱりお金を稼ぐには冒険者だと思うんだ!」


 そしてカレンの提案してきたのは、とても安直だった。

 俺は目の前で拳を握り、意気込んでいる幼馴染みを冷静に見つめる。冒険者は確かに一攫千金を狙えるが、非常に過酷な仕事だ。そしてあらゆる場面において、複数人での連携がとても大事だと聞く。


「カレン」

「何?」

「カレンの得意なことって何?」

「え、なんだろう……」

「じゃあ、苦手なことは?」

「えっと、人付き合い?」

「そうだな。ちなみに俺はカレンの得意なことは、事象の解析とその解析結果の応用だと思ってる」

「え、そうかな。えへへ。でも、そんなに難しいことはしてないよ?」


 ──それはカレンにとって、難しいと感じるぐらい複雑なものがないってことだな。さすが天賦の才、だな


 俺はその彼女の何気ない返答から、カレン本人にとっては大したことをしてないつもりでいることを再確認する。

 ここら辺が、俺がカレンを天才だと思っている点だった。


 なぜか嬉しそうに緩んでいるカレンの顔に、俺は厳かに告げる。


「で、人付き合いが苦手だと、集団行動が基本の冒険者は辛くないか?」

「うっ。そ、それは……」


 俺の指摘に、目を泳がすカレン。


「その──私と、シンの二人のパーティーで……」

「俺たちは二人とも魔導師だろ。どう考えても前衛はいるだろ?」

「でも、シンなら。前衛、できない?」


 なぜかうるうるとしながら見つめてくるカレン。


「出来なくはないが、非効率的だ」

「だよねー。はぁー」


 ぐでっとテーブルに突っ伏すカレン。

 バサッと広がった髪の一筋が、飲み終わったカレンのカップに入りそうなのを、片手を伸ばして阻止しといてあげる。


 その時だった。ふと後ろの席の会話が耳に飛び込んでくる。


「どうしよう……絶対、異界化なのに」「現時点で生じている異変が小規模過ぎて、対応が必要な異界化とは認められないって言われましたが──」「もう一度、王立魔導工房に行って、なんとか嘆願してみるしか──」


 途切れ途切れに聞こえてくるその会話には、気になるフレーズが二つほどあった。

 一つは当然、すでに懐かしの古巣となった王立魔導工房。

 そしてもう一つは異界化、だ。魔素の暴走で生じる様々な異変の総称であり、特にカレンが対応を得意とする分野だった。


 ゆっくりと何気ない風に俺は振る。

 漏れ聞こえた異界化の話をしているのは、少し離れたテーブルで話し込んでいる、二人の女性のようだ。


 俺は突っ伏したままのカレンの頭頂部を軽く指先でつつくと、席を離れてその二人の女性のテーブルへと近づいていく。


「こんにちは、お嬢様がた。異界化でお困りですか?」

「──どなた、かしら?」


 二人の女性のうち、身なりのよい方から名前を聞かれる。当然だが、警戒されているようだ。


「俺はシン=ラングラーク。しがない魔導師をしています」


 俺は魔導師の証したるブレスレットが見えるように袖を軽くめくる。


「ラングラーク? 確かにラングラーク家は魔導師を輩出したと聞いたことがありますが」


 俺の貧乏実家のことを知っているようだ。どうやら目の前の女性もそれなりの家柄の出、なのだろう。


「お嬢様、あのブレスレット、本物のようです」


 俺のブレスレットを見てそう告げるもう一人の女性。こちらはお付きの人なのだろう。


「どうでしょう? 詳しく話を聞かせていただけませんか? こちらには異界化の専門の魔導師もおります。まあ、その分ご対応させて頂くには相応の対価は頂きますが」


 俺は穏やかな口調を心がけつつも、アピールしておく。


 そこで、ようやくカレンがこちらへとやってくる。


「シンっ!? 何してるの!? きゃっ」


 慌てて来たせいか、転びかけるカレン。俺は腕を伸ばすと、軽く受け止める。

 よいしょっと、カレンを立たせてあげる。カレンは良く転ぶので、手慣れたものだ。


「気をつけて、カレン。でさ、こちらのお嬢様がたが異界化でお困りみたいなのが聞こえてな。カレンは異界化の対応、得意だろ?」

「うぅ、ごめん……。ふう──」


 なぜか顔を赤っかに染めたカレン。転びかけたのが恥ずかしかったのかなと思っていると、カレンはその場の面々の顔を伺うようにしている。

 少しして、ようやく落ち着いたのか、俺の質問に答えてくれる。


「えっと……異界化の対応ね。確かに良くやったけど……。あの、すいません。連れが急に話に割り込んでしまったみたいで。お邪魔でしたよね」

「いえ、あの、お話しだけでも聞いていただけますか?」

「マリエッタお嬢様、よろしいのですか?」

「失礼ですよ、シルビア。それに私たちには他に頼れるところもないのです」

「かしこまりました」


 そういって、シルビアと呼ばれた方の女性が引き下がると、マリエッタと呼ばれたお嬢様の方が着席をすすめてくれる。


 俺は軽く会釈するとカレンを先に座らせて、その後ろに立つ。

 そんな俺の立ち振舞いを意味ありげに見ていたマリエッタだったが、早速とばかりに異界化のことをカレンへと相談し始めるのだった。

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