魔導工房を自主退職に追い込まれた幼馴染み~俺は彼女を天才だとリスペクトしてるので一緒に退職してみた。

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 一緒に退職してみた

「シン。私、辞めようと思うの」

「いいのか、カレン。この王立魔導工房でマイスターになるのが夢だったんだろ? カレンの親父さんのように」


 俺は、目の前で俯いている幼馴染みを心配してそう問いかける。


「そう、だった。でも、もういいの。派閥争いにもつかれちゃった」

「……そうか。そうだよな」


 どこか吹っ切れたように呟くカレン。

 王立魔導工房には、大きくわけて俺やカレンの所属している弱小の紋章派と、大手の詠唱派の二つの派閥があった。

 そして、紋章派のホープと期待されているカレンは、詠唱派から様々な嫌がらせを受けていたのだ。


 その嫌がらせを仕掛けてくる筆頭が、詠唱派の女帝と恐れられているヒルデバルド。

 とはいえ、俺から見たら魔導師としての才能も能力も、ヒルデバルドよりカレンの方が断然、上だ。魔導師としては、ヒルデバルドはよくて並み、程度だろう。


 ただ、ヒルデバルドは詠唱派びいきの工房長のお気に入りだった。俺から見ても、国立魔導工房内で、その立場を利用してでかい顔をしている女、という印象だ。


 それも男好きのする、もろもろを巧みに使って今の立場を維持しているのだろう。

 良識のある紋章派の男女からは、共に嫌われていた。


「──今度は何されたんだ?」

「大したことじゃないの。でも、私はここやめたほうが、魔導研究に集中できるんじゃないかなって。でね、ゆくゆくは自分の工房を作るの」


 ちょっと無理矢理だが、笑みを作ってそんなことを言うカレン。自分自身の工房の立ち上げは魔導師だったら誰もが一度は夢見る目標だ。そしてその困難さに、ほとんどの魔導師は挫折する。

 しかし、俺はカレンならその夢を叶えてしまえそうな気がした。


「カレンの魔導工房か。楽しそうだな」

「そうでしょ?」


 俺の言葉に、カレンの笑みが少し自然な物になる。

 詠唱派とヒルデバルドからの嫌がらせは陰湿で苛烈だ。本人は大したこと無いと言っていたが、そんなわけがないのだ。


 俺も出来るだけカレンのことをこれまで助けてきた。


 ──でも、互いに業務を抱えていて、常に一緒にいれた訳じゃないしな。俺の目の届かないところでも、きった辛いことがあったに違いないよな。


 気弱そうな笑みを浮かべているカレンを見て、俺も決意する。なにせカレンは幼馴染みではあったが、俺には妹みたいなものだった。もちろん、魔導の才能ではカレンが上だが、彼女にはどこか、抜けたところがあった。


「よし、じゃあ俺もやめる。一緒に工房を作ろう!」

「え……、本当にいいの、シン? シンは紋章派だけど詠唱派の人たちとも上手くやってるし、昇進も決まってたって」

「いやまあ、偉くなったらさ、それだけカレンのことを守れるかと思って、色々方々にゴマすってたってだけさ。それより、カレンがどんなことを成し遂げるか近くで見てたほうが面白そうだしな」

「もう、人を珍獣みたいにいって」

「すまんすまん」

「ふふ。ありがとう、シン。本当のとこ、心強い」


 そうして俺は退職を告げるカレンとともに、工房長のもとへと向かったのだった。


 ◆◇


「あの、失礼いたします……。工房長、今、お時間よろしいでしょうか……?」


 ドアをノックしておずおずと声をかけるカレン。ここへ来る道すがら、俺が先に工房長へ話すかと、カレンに提案したのだ。


 しかしカレンからは拒否されてしまった。


 自分が辞めると言い出したのだから話すのも自分から切り出すのだと、強ばった顔で、しかしきっぱりと言い切ったカレンの気持ちを俺も尊重することにした。


 もちろん、いつでも助けられるようにはしつつ、だ。


 そんな緊張した様子のカレンに、工房長からの返事。


「今忙しい。後にしろっ!」


 ドア越しにかけられる拒否の声。

 固まったように、カレンは動きを止めてしまう。


 俺はそっとドアノブにかけられたままのカレンの手に自分の手を重ねると、声をはってドアに向かって告げる。


「工房長、シンです。至急の案件ですっ。すぐに済むのでー。開けますねー」

「シンかっ、ちょっとまて…………たく、なんの用だ。急ぎじゃなかったら、お前でもクビだぞっ」


 室内からガサゴソと音がするのを少しだけ待ってあげてから、俺はカレンの手に重ねた右手を動かして、ドアを開ける。


「いやー。すいませんすいません。本当に至急なんですよー」


 嘘ではない。カレンほどの天才が辞めるとなると、王立魔導工房に与える影響は計り知れないからだ。

 そういって室内へ入ると、工房長だけではなく、件のヒルデバルドもそこにいた。


 ずかずかと工房長の机の前まで進む。慌てたように俺のあとを追ってくるカレン。俺はそっと移動してカレンが工房長の正面に立てるように移動する。


 その際、机の上に広げられたままの書類がちらりと目に入る。

 大した内容の書類はなさそうだ。


 ──工房長たちの方、全然忙しそうじゃないな、これは。


 そんなことを考えている俺を、意味ありげに見つめてくるヒルデバルド。俺は目を合わせないように気を付けつつ、カレンを見守る。


 カレンは必死な様子で退職を工房長へと告げていた。


「ふん。わかった。しっかり引き継ぎは済ませろ。荷物を残していくなよ。紋章派は散らかし放題でかなわんからな」


 嫌みったらしくも、軽い感じでカレンの退職を受け入れる工房長。

 俺はそれに内心ため息をつく。


 ──やっぱりもう、ダメだな。カレンほどの優秀な魔導師が辞めると言うのに、二つ返事か。老いてすっかり目が曇ったんだな。


「あ、工房長。俺もカレンと辞めるんで。引継ぎは俺もカレンも資料は作成済みなんで、さっさと荷物まとめて出ていきますね。さっ、カレンいこう」

「え、シン魔導師、辞めてしまわれるのっ!?」「ちょっとまて、シン! お前の担当する合同プロジェクトはどうなるっ」


 ヒルデバルドの驚いたような声。工房長も焦ったようにきいてくる。

 俺は不思議に思いながらそれに答える。俺程度の力量の魔導師なんて王立魔導工房には沢山いるし、日頃から同僚たちと情報共有は欠かしていないから辞めたとて、問題なく業務は回っていくのだ。俺の方は。


担当するものは代わりがきくんで、全然大丈夫ですよ。俺にサブでついてくれている魔導師たちは全容を完全に把握済みっす。みんな十分育ってきたので、誰を責任者にしても問題なく回りますし。ではではー」


 俺はそういって、カレンの背を押して部屋から一緒に退出するのだった。

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