小話・2024初詣

「初詣をしたいと思います」

 メッセージアプリの通知音にスマートフォンを操作すれば、三角からそのひと言だけが送られて来ていた。秒で既読がふたり分つき、その直後に九木田から「了解」と簡潔な返事。時間も待ち合わせ場所も決まっていないのに、了解とは、やはり九木田は相変わらずだと思った。

 今日は三が日の三日目、一月三日。俺たちが揃って初詣にいくのは学生時代からの恒例で、もはやこれがないと気持ちが悪いと思うようになったのは、いつの頃からだったか。たまに誰かが三が日中に予定が合わなくとも、松の内までには三人で詣でるようにしてきた。今となっては、身内と行くよりしっくりくる。

 スマートフォンのキーボード上で指を滑らせて、待ち合わせ時間を決めたい旨伝えれば、任せる、同じく、とやる気があるんだかないんだかわからん返事。それならと、こちらで適当に準備の時間を加味して時間指定をした。すると、その時間にひょーちゃんの家に行くわ、と三角。同じく、と九木田。ひょーちゃんなんてふざけた呼び方するのは三角しかいないし、さっきから九木田は同じくとしか言っていない。これで話はきちっと聞いているのだから九木田は本当に不思議な奴だと思う。時間を決め、場所を決められ、俺は、準備をしてくる、とだけメッセージに残してスマートフォンをテーブルに置いた。

 

 マンションのエントランスまで降りて、柱に寄りかかりながら、三角と九木田のふたりを待つ。待ち合わせ時間まであと五分以上ある。早すぎたか、と思うも、部屋に戻るには時間がない。息が白く天へ昇って行くのをぼんやり眺めていれば、前から人の気配がして視線を下げた。そこにはマフラーをきっちり巻いた三角と、ダウンジャケットのジッパーを首元まで上げてポケットに両手を突っ込んだ九木田の姿。どうやら途中で合流したらしい。俺が片手を上げれば、三角がぶんぶんと腕を振って返して来た。

「寒かったでしょ、ひょーちゃん。部屋ん中で待っててくれてよかったのに。わたしら遅れた?」

「いや、俺が少し早く降りてきただけだ。気にするな」

「三角、兵賀、カイロいるか?」

 こてんと首を傾げながら九木田がポケットから手のひらサイズのカイロを取り出す。お前が寒くなるだろうと言えば、なんてことない顔をして、三つあると即答されたのでありがたく貰うことにした。ちなみに三角は、九木田がポケットからカイロを取り出した瞬間に飛びついていた。このふたりは昔から寒いのが苦手なのだ。

「くっきーさぁ、カイロ持ってたんだったら、わたしと合流した時に渡してくれてもよくない?」

「兵賀も一緒にいた方が公平だろう」

「それはそう」

 自分で九木田に問いかけた割にあっさりと引いた三角。なにが公平なんだかよくわからないが、ふたりが納得しているならそれでいいのだろう。あまり深くは考えすぎない。これがこのふたりと付き合い出して学んだ、というより身についたこと。深くは考えない。そう、考えたら疲れるのはこっちだ。

「いつまでもここにいても仕方がない。そろそろ初詣に行くぞ、ふたりとも」

「うぃ」

「そうだな」

 未だによくわからない所もあるふたりだが、基本は素直な奴らだ。俺がひと声かければ、すぐに反応した。

 俺と九木田より小さい三角を俺たちで挟んで道を歩く。俺たちがいつも初詣に行く先は決まっているので、社会人になって三人揃って実家を出てから詣でるようになった神社へと歩を進めた。

 三人並んでポケットに手を突っ込み、九木田にもらったカイロで暖をとりつつ向かった先には神社の参道とそれを埋め尽くす人混み。三角がうげっ、と声を上げた。「こうなっていることはわかっていただろう」

「それでも人混みは苦手なんですぅ……」

「三角、逸れるなよ、迷子放送流すからな」

「兵賀さん、せめてスマホに連絡入れるっていう慈悲はないの?」

「三角、兵賀、早く行こう。寒い」

 俺たちの半歩先を歩き始めた九木田に倣い、嫌そうな顔を隠しもしない三角を促して参道へ踏み出す。人混みに紛れるとすっかり姿が視認できなくなる三角の存在に気を配りながら、小柄な彼女が潰されないように陣取りつつ進む。俺と反対側の三角の隣では九木田が同じく陣取っているのを見て、この調子でうまくいけば今回も無事参拝を終えることができるな、と思った。帰りは適当に出店でも見て食料調達するか、そんなことを考えた。

 

 二礼二拍手一礼。三人並んで参拝を行い、続いて絵馬を書く。一応、お互いの絵馬は見ない、内容は聞かない、というのが俺たちの慣例だが、俺と九木田より背の低い三角の絵馬は、その小さな頭越しに、書いている時点で自然と内容が目に入る。なんだかんだで毎度、俺たち三人の無病息災を祈っているこいつは、普段からひょーちゃんだのママだのと喧しいが、素直にいい奴だと思う。願い事を書いた絵馬を必死に括り付けているところで、そのまろい頭に思わず手をぽんと乗せれば、三角が不思議そうな顔で俺を見上げた。その直後、九木田も三角の頭をぽんぽんと撫でる。どうやら九木田にも三角の絵馬は見えていたらしい。九木田がこちらを見て無言で頷いたので、頷き返した。

「なになに、ユーたち、どうしちゃったの」

「なんでもない、気にするな」

「同じく」

「なんでもないわけなかろうもん。あとくっきー今日とりあえず同じくって言っとけばいいって思ってないか?」

「そんなことはない、多分」

「多分!?」

 ぎゃーすかと騒ぐ三角の頭をぐりぐりと撫でくり回して九木田が妨害する。収拾がつかなくなってきたところで、俺はひとつ咳払いを落とした。

「おみくじは?引くんだろう?」

「引く」

「即答だな」

 綺麗に右手を挙げて宣言した三角を見下ろす九木田。三角の右手を下げさせて、移動するぞと声を掛ける。すると、はぁい、と気の抜けた返事が聞こえて、三角が俺の横に並んだ。その向こう側に九木田が。三角迷子防止の布陣だ。隙はない。そのまままっすぐ授与所へ向かう。おみくじが置いてある場所の周りにはちょうどよく人がおらず、三人で順番におみくじを引いた。

「せーので開けよ」

「俺は中吉だな」

「ねえ九木田くん、せーので開けよっつったの聞こえてたよね?無視か?お?」

「俺は大吉だったぞ」

「兵賀、貴様もか?」

 わくわく顔でおみくじを開ける体勢のまま俺たちを見上げていた三角の目が恨みがましい色を宿す。それを全く気にしない俺たちに諦めたのか、三角は自分のおみくじを開いた。

「……末吉」

「よかったな」

「心がこもってない!微妙じゃない!?末吉って微妙じゃない!?」

「三角、喧しい」

 九木田に生ぬるい視線で見下ろされ、騒ぐ三角を静かにさせる。しゅんとした三角が黙っておみくじを読む様を見守った後、それぞれがおみくじを財布や鞄にしまう。俺たちはおみくじはおみくじかけなどに結ばずに、一年間持ち続け、またこうして三人で詣でることになった時に神社へ返すようにしているのだ。三角も、末吉という結果だったようだが、おみくじの内容自体はそう悪いものでもなかったようで、結局けろりとした顔で財布を取り出し、おみくじをしまっていた。

 そのまま授与所のお守りが置いてあるコーナーに行き、ぱっと目についたお守りをみっつほど授かった。無病息災と書かれたそのみっつを改めて確認して振り返る。するとお守りを吟味しているのか真剣な顔で身を乗り出す三角がいた。

「三角、ほら」

「なに?お守り?開けていい?」

「ああ」

「……無病息災じゃん。これもらっていいってこと?」

「そのつもりで渡したんだが?」

「ありがとう、この一年大事にするねぇ。わたしもお守りでお返しするよ、安産祈願でいい?」

「なんでそれでいいと思った?」

「なんでって、そりゃママだからぃたたたたたた」

 三角にアイアンクローをかまし、強制的に言葉を遮る。ちょうど三角の顔全体を覆う俺の手のひらを剥がそうともがく姿に少し溜飲を下げたので解放してやった。

「新年早々にアイアンクローって……。わたしが末吉だから……?」

「百パーセントお前の発言のせいだろう」

「サーセン……じゃあわかった、ちゃんと買って来るから待ってて」

「安産祈願なんて買ってきたらどうなるかわかってるだろうな?」

「わかってます……サーセン……」

 とぼとぼと授与所に向かう三角の背中を目で追っていたところで肩を叩かれ、そちらに顔を向ければ頬に何かが突き刺さる感触。これはあれだ、振り向きざまに立てた指で相手の頬を刺すという子供がよくやるいたずら。

「……九木田、なにしてる」

「ん、破魔矢を受けてきたから、やる」

「いたずらへの弁明はなしか?まあ、破魔矢はせっかくだからありがたくもらおう」

「兵賀ぁ、あれくっきーも戻って来てた」

「三角、ん」

「くっきーなにこれ、破魔矢?なんで?」

「かっこいいだろう」

「あっ、うん、そうだねかっこいいね。ありがとね、くっきー」

 一瞬で、九木田が効果より見た目重視で破魔矢を受けてきたことを察したらしい三角は、深く追求することをせず、素直に好意としてそれを受け取る。少し誇らしげな表情を浮かべた九木田は、まるで獲物を獲ってきた猫を彷彿とさせた。大変満足そうである。

「九木田、お前にもほら、無病息災のお守りだ。受け取れ」

「わたしも兵賀にもらったんだよー。それでわたしからふたりにこれ、はい、厄除けの干支お守りー。かわいいでしょ」

「そうか、ふたりともありがとう」

「よし、安産祈願は受けてこなかったな。ありがたくもらおう」

 こうして違うお守りをそれぞれが受けて、それぞれに渡すのも恒例だ。一年経ったらまた三人でこうして神社に来て返納する。つまり、この三人の中では、また来年も同じように過ごすことがほぼ確約されているようなものなのだ。


 お腹空いた、そんな三角のひと言で俺たちは出店が立ち並ぶ通りに出た。ひたすらきょろきょろと忙しない三角を横目に、何か三人でつまむのにちょうどいいものを探してみる。すると、横にいたはずの三角がいつの間にか姿を消していた。

「おい、九木田、三角の奴はどこに行った?」

「知らん。いきなりどこかに走って行ったが」

「……迷子放送だな」

「もうしばらく待ってからにしてやれ」

 ぽすりと俺の肩に手を置いて、九木田は言う。とりあえず道の真ん中で立ち止まるわけにもいかないだろうと、端へと寄った。そして、三角の丸い頭が転がり出て来やしないかと、人々の間に目を凝らす。三、四分もすれば見慣れた姿が視界に入った。

「兵賀、いたぞ、あいつ」

「ああ。三角!こっちだ」

「ああー、お待たせして申しわけぇ」

 気の抜けた笑顔で、気の抜けた謝罪を口にする三角に今一度鉄拳制裁を、と思ったが、なにかを手にしているのを見てやめた。

「なんだそれは。甘酒か?」

「そうそう、やっぱりこの時期は甘酒だよねぇ」

「お前、甘酒飲めないんじゃなかったか」

「九木田くん、人は日々成長するものなのだよ。今年は飲めるようになっているかもしれないじゃない!というわけでいただきまぁす……おいしくねぇー……」

「お前は馬鹿か?」

 甘酒をひと口、口に含んだ途端に顔を顰めた三角に苦言を呈した俺は決して悪くないはずだ。九木田もまるで残念なものを見るような目で三角を見下ろしている。

「やっぱり克服ならずだった……くっきー残り飲んで……」

「断る。俺は猫舌だからな」

 三角を見下ろした九木田が、べっと舌を出す。それに悔しそうに眉間に皺を寄せた三角が、勢いよくこちらを振り向いてきた。なにを言うかは大体想像がつく。

「ママ!代わりに飲んで!」

「誰がママだ」

「待って待って待って、飲み物持ってるときにアイアンクローはよくないと思うんだ、痛い痛い痛い」

 わざと重たい溜め息を吐き出して、三角の顔面を鷲掴んでいた手を離す。しおしおの表情で痛かった……、とこぼす三角の手から甘酒を抜き取って、口をつけた。独特の甘さと香りが鼻に抜ける。そこまで熱いものでもなかったため、小さな紙コップ一杯分のそれを一気に飲み干した。

「さっさと出店を適当に見て帰るぞ。今日は豆乳鍋だ」

「買い出しには行ってきたのか?」

「ああ、昨日な。だから材料を切ったりなんだりして、煮込むだけだ。九木田、出店で食い物を買うのはいいが控えめにしておいてくれ」

「わかった」

「え?今日ママのお鍋なの?」

「三角、お前はとことん懲りないな?」

「イッツジョーク。ごめんちゃい。っていうかお鍋があるなら出店とか別によくね?帰ってお鍋食べようよ、お鍋」

 あったまるー、と今から鍋に完全に意識を飛ばした三角を見て、俺と九木田は目を合わせ、互いに無言で頷き合った。これは帰る一択だと。視線の下では謎の鼻歌を歌いながら三角がご機嫌で体を揺らしている。

「三角、兵賀、帰ろう」

「そうだな。……おい三角、次無言でいなくなったら迷子放送だからな」

「す、すみません……」

 きゅっと縮こまった三角を確認して、その背を押して帰り道へ促す。九木田にもらったカイロを両手で揉みながら、三角は徐に上、正確には俺と九木田の顔を見上げた。

「ふたりとも、今年もよろしくお願いします!」

「ああ、よろしく」

「そういえば、新年の挨拶もしていなかったな。こちらこそよろしく頼む」

 

 今年も始まったばかり。これまで積み重ねてきた日々と変わらず、賑やかな一年になりそうだ。

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