小話・兵賀との出会い

 学校帰り、通学路にある公園の片隅で、うちの学校の制服を着た男女が屯しているのを見つけた。ただ、話をしているだけかもしれない。それでも俺は何故かその二人に近づいていた。急ぐ用もない。何もなさそうであれば適当に帰ろう。

 ――この時の俺の判断が、この後の俺の人生に深く関わるものであるだなんて、未だ知る由もなかった。

 

 近づいてみた二人組だが、男子の方は何故か数匹の猫に囲まれており、女子の方は片手に何か握りしめて、男子と話をしているようだった。女子の片手に注視する。するとそこにあったのは、見覚えのある、だが俺たちが持つにはまだ早すぎるものがあった。

「おい、お前たち、何年だ」

 自然と声が固くなる。話をしていた二人組は俺が声をかけるまで俺の存在に気がついていなかったようで、目を点にしていた。

「えーと、そちらは?見たところ同じ学校の生徒さんですよね?」

 女子の方が思っていた以上に丁寧に言葉を返してくる。男子の方は俺を観察するような目で見てきた。

「聞いているのはこちらの方だ。何年だ?」

「……一年ですけど」

「俺も同じく」

「そうか。俺も一年。一年三組の兵賀という。このことは明日、先生に報告させてもらうからな」

「え?何のことです?」

「しらばっくれる気か?その手に持っているものが俺に見えていないとでも?」

「え」

「持っているだろう。……煙草を」

 そう直接指摘をすれば、女子は数秒固まって、俯いて震え出した。後悔の念にでも浸っているのだろうか。今度は男子の方に話しかけようとすれば、女子の方から豪快な笑い声が聞こえてきて、思わず俺はそちらを振り返った。

「あっはっはっはっは!なるほどなるほど、これが煙草か!確かにシガレットとは書いてあるしなぁ」

「潔く罪を認める気になったか」

「あー、ヒョーガさん?これよく見てくれます?」

 女子は座っていたベンチから立ち上がり、俺に片手に握った煙草のパッケージを見せつけてきた。そこには。

「……シガレットチョコ?」

「いえーす。ディスイズア、チョコレート」

 箱から一本取り出して渡されたそれをまじまじと見る。煙草に似せたチープな巻紙。それ越しに香るのは苦い煙草の匂いではなく、安いチョコのにおい。

「それじゃあ、俺は勘違いを……?」

「そうなりますね」

「おい、三角、ビッグカツくれ」

「自分で取んなさいな」

「動けん」

「このもふもふ吸引機が……」

 呆れたように息を吐き出した女子が、ベンチに戻って袋を漁る。そして、目当てのものを探し出したのか、未だに数匹の猫に纏わりつかれている男子に手渡した。

「お前、ヒョーガと言ったな」

「ああ、なんて書く?」

「え、あ、兵糧の兵に年賀の賀、だな」

「兵賀か、お前俺たちと友達にならないか」

「は、あ?何で急にそんな話に」

「あー、兵賀さん無駄無駄。そいつ、もふに許されし人間は友達認定だから。わたしは三角。三つの角で三角。あっちのもふもふの核が九木田。九つの木の田んぼの田。そしてもふこと猫ちゃん吸引機」

 あいつ、一度友達と定めたら、その瞬間から友達ムーブかますから、諦めて。そう苦笑いで俺の肩をぽんぽんと叩く女子、三角がポケットに手を突っ込んだ。

「兵賀さん、ラムネ好き?よかったらあげるよ。お近づきの印に」

 手渡されたのはジュース缶を模したプラケースにラムネが入っている駄菓子だった。

「……三角さん、先ほどは決めつけてすまなかった」

「三角、でいいよ。さんなんて柄じゃあんまりないし」

「俺も兵賀でいい」

「おっ、じゃあ兵賀で。ほら、くっきー、九木田ァ、そろそろ帰らんと暗くなるぞー」

「わかった」

「……ずいぶん素直だな」

「見た目、近寄り難いクールビューティーだけど、もふと友情を大事にする素直ないい子なんだよ、九木田」

 嬉しそうに語る三角、は、自分のカバンを取りに一度ベンチに向かって、今度は九木田のそばにいる猫たちに一匹ずつそっと人差し指を差し出していた。それを不思議に思って眺めていると、いつの間にあの猫の輪を抜け出したのか、九木田が隣にいた。

「あれは猫の挨拶だ。今、鼻先を三角の指に当てたヤツがいたろう。あれが挨拶なんだ」

 俺が教えた、と無表情ながらに誇らしげな九木田に悪いやつじゃないんだな、と思う。

 ひとしきり、猫たちに挨拶を終えた三角が立ち上がってスカートを払った。

「さ、帰ろうか、九木田に兵賀」

「ああ」

 

「ところで、学校帰りの買い食いも一応校則違反だぞ」

「……今回は、見逃してください兵賀様」

「まあ、俺も今回は共犯だしな」

「共犯?何のことだ」

 俺が三角にもらったラムネを振って見せると、二人は顔を見合わせて、ゆるゆると口角を上げた。

「友達と共犯者を同時にゲットなんて、わたしらツイてるな、九木田」

「そうだな三角」

 

 ここからだ。ここから俺たちは周囲公認でサンコイチだなんて呼ばれるようになる。

 そして、この日、この時をもって、それぞれがそれぞれにとって、かけがえのない存在になった。

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