小話・九木田との出会い

 中学に上がって、同じ小学校に通っていたが大して仲良くはなかった子とクラスメイトになった。大して仲が良いわけではなかったが、彼女は、中学校という新しい環境に不安を覚えたのか、やたらわたしに構った。それが少し鬱陶しく感じ始めてしまった五月初頭。わたしはいつも彼女と過ごす昼休みを、用事があるから、といった中身のない言葉で断りを入れて裏庭に避難した。

 

 すると、そこに毛玉があった。

 何を言っているのかと思うかもしれない。だがしかし、毛玉があったのだ。もふもふが。その結構な大きさのもふの核となっているのは、ひとりの男子生徒のようだった。もふの隙間からうちの学校の制服である黒い学ランがチラチラと覗いている。

「何だ、じろじろ見て」

「あ、すんません」

 もふの核は言葉を発した。正直驚いた。まあ人間なのであれば声くらい発するか、と思い直す。わたしは出来るだけ音が鳴らないようにすぅ、と息を吸い込み吐き出した。

「……お、重くないですか」

「問題ない」

「そ、そっすか……」

 ハキハキと帰ってくる返事。戸惑うわたし。わたしは視線だけで、もふを形成するものたちを数えた。

 そう、もふもふと安心しきっている猫たちを――。

「五匹ですか?」

「いや、七匹だ。背中にもいるからな」

「さいで……ずいぶん懐いてますね?」

「裏庭に来るといつもこうだ……あんた、学年は?」

「あ、一年です」

「じゃあ俺と同じだな。その中途半端な敬語やめていいぞ。名前は?」

「……三角。二組。君は?」

「九木田。四組」

「よろ、しく?」

「ミスミが初めてだ」

 わたしのよろしくはどこ行った、そう思ったが、わたしは黙ってクキタの言うことを聞くことにした。

「いつも裏庭に俺以外の誰かが来るとこいつらは警戒してどこかへ行くんだ。だからその度に用がないならここに来るなと釘を刺すハメになる。だが、ミスミが来てもこいつらは見た通りだ。珍しい」

「そうなんだ。猫は好きだよ、一緒に暮らしたことはないから詳しくはないけど」

「……そう言うところが、こいつらに伝わるのかもしれないな」

「え?どういうところ?」

「説明が面倒だ」

「クキタくんさ、友達いる?」

「九木田でいい。友達は、こいつらくらいだな。あと女生徒がやたら寄ってこようとする。苦手なんだがな」

「おおう……自慢されたのかな、わたし」

「何がだ?」

 何でもない、と無言で首を振ることでわたしはとりあえず、クキタお前天然か?という言葉を飲み込んだ。

「なあ、ミスミ、ミスミってどう書くんだ」

「三つの角だよ」

「九木田は、九つの木に田んぼの田」

「そうなんだ」

「三角、俺と友達にならないか」

「え」

「こいつらが警戒しないヤツなんて本当に珍しいんだ。俺はこいつらの感覚を信じてる。お前は悪い奴じゃない」

「もふの核と友達か……」

「もふ?」

 何だか面倒ごとも多そうだと直感が告げている。それでもここでもふの核になるだけで、人間の友達がいないという九木田の顔が少しだけ寂しげに見えたので、わたしは一定の距離感を空けて九木田の目の前にしゃがみ込んだ。

「いいよ、友達。九木田の友達も少しずつ紹介してね」

「……、わかった」

 少し輝いた九木田の切長の目は、すぐに手元のもふこと、猫に向いた。照れてるのだろうか。かわいいところもあるじゃないか。

「よろしく、友達」

「ああ、よろしく」

 例の同じクラスの女子に説明するのは少し、いや実の所すごく面倒だが、この目の前の不思議な新しい友達にわくわくしている自分がいるのも確かだった。

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