三つ角

弥栄井もずま

三つ角〜現在の姿〜

 近頃肩につくようになった髪を結い上げる。真鍮でできた飾りのついたヘアゴムで括る。薄い円形の鈍い金色に輝く真鍮の飾りはハンドメイド品で、一目惚れして購入したものだ。ほんのりと茶色がかったわたしの髪色によく馴染んでくれる。メイクは控えめ、アイシャドウはブラウン系。濃いお化粧や、カラーが入ったお化粧は、見るのは好きだが自分に施すのは苦手だ。冒険ができない。これはわたしのちょっとした悩みである。服装は上は生成色のトレーナー。下はスカンツというのか、ワイドパンツというのか、詳しくないが黒に濃いグレーで模様の入ったものを選んだ。この格好は好きだ。楽だから。ロングスカートなんかも結構好き。お気に入りのスカンツが二本程、ロングスカートも二本程、あとは大概パンツルックだ。可愛い服よりは落ち着いた服が好きなんだと思う。高いものよりプチプラ派。たまにお気に入りのイラストレーターのイラストが大々的にプリントされたパーカーを着るのも好き。靴はそこまで持ってない。スニーカーやぺたんこの靴ばかり。ヒールが高いものは苦手だ。今日は黒のローヒールのショートブーツを合わせるつもり。店頭に飾られていて、一目惚れ。わたし、基本的に散財はしないけど、一目惚れしちゃうと買っちゃってる気がしてきた。でも、毎日一目惚れするわけじゃないからいいよね。なんて誰にともなく言い訳してみる。お気に入りのリュックに忘れ物がないかどうか、取り出しやすいかどうか、確認しながら荷物を詰めていく。グレーのボタンなしコートを羽織って、リュックを背負って、軽く跳ねてリュックの位置調整。玄関先にある姿見に写る自分を見て、変なところがないか最終チェック。ショートブーツに足先を通して、家の鍵を握り締めて、いざ、待ち合わせ場所へ。

 

 待ち合わせの一時間前、わたしは待ち合わせ場所を見渡せる一面ガラス張りのカウンター席があるチェーンのカフェに入っていた。今日はアールグレイティーラテをソイミルクに変更しハチミツを加えてもらった。優しい甘さのホットドリンク。わたしのお気に入りだ。季節は冬、温かい飲み物が身体に染みる。それを商品受け渡しカウンターで受け取って、ガラス張りのカウンター席に座る。鞄の中に忍ばせていた文庫本を開き、目を落とす。しかし今日はなんだか読書に集中できなくて、早々に本を閉じた。ドリンクで両手を温めながらガラス越しに街を見遣る。ピンと背筋を伸ばし姿勢良く颯爽と歩く美人さん、小さな子供の両手を左右から挟むようにして繋ぎ合う家族連れ、寒くはないのか、テラス席でコーヒーを啜る老紳士。意識して眺めていると本当にいろんな人がいるものだなぁと、浅い感想を抱きながらドリンクを口に含む。温かくまろやかな甘さが口に広がった。

 しばらく頭半分空っぽにしながら人間観察に勤しんでいたら、見覚えのある長身の男性二人組が視界に入った。

 

 ひとりは肩にぎりぎりつかないくらいの長めの髪をオールバックにしている。富士額なのがここからでもなんとなくわかる。身長は確か185だか6だったかと思う。スマートなフレームが印象的な眼鏡が彼の理知的な顔つきにマッチしている。ロングコートの下には、意外と筋肉質な身体が隠されているのを知っている。よく筋トレしたりジムに行ったりしているからだ。動物に例えるとしたら狼だろうか。眉間に常に皺が寄っているのは中学時代からの癖だ。せっかく整った顔をしているのだから皺を寄せる癖はやめろと昔から散々言って聞かせたが、とうとうこの年齢になっても治らなかった。瞳はまるでオブシディアンでも埋め込んだように黒い。カガチのように目つきは鋭く、目が合うと睨まれていると勘違いされる率がとても多い彼。その実、料理好きで世話好き。我らソウルメイト三人組のオカンである。それが兵賀、愛称はひょーちゃん。わたししか呼ばないけれど。

 そしてもうひとりは、癖のある収まりの悪い少しくすんだ金髪を風にふわふわ遊ばせている。彼はクォーターで、目の色も青みがかった灰色をしている。大抵いつも涼やかかつ眠そうな目をしているが、可愛らしい犬猫などのもふもふに触れ合ったり、動画を見る時は、その眠そうな目にハイライトが入ることをわたしは知っている。ちなみに彼は野良猫がいるような場所、例えば公園に放置しているといつの間にかもふもふした猫たちに集団で囲まれてもふもふの塊の核になっていることがよくある。もふもふを呼び寄せる体質らしい。けったいな体質である。先に述べた兵賀は暑がりだが、金髪の彼は寒がりなのでダウンジャケットの前を首ぎりぎりまでしっかり閉めている。身長は180センチちょうどだったと思う。体格は兵賀に比べればゴツくはないがしなやかな筋肉と体幹をしている。動物に例えると猫科。豹あたりだろうか。口数が少なく、表情に乏しい彼の心情を汲み取るのは、わたしや兵賀以外には難しいという。長い付き合い万歳。元々あまり人に懐かない彼のことだから、尚更わたしたち以外には心を開かない。中学時代、わたしと彼は友人となったが、わたしが始めての友人だったらしい。そしてそのすぐ後に兵賀とわたしたちは友人となった。それからは積極的に友人を増やすこともなかったようだから、なんだかんだで、わたしと兵賀という彼のソウルメイトで彼の世界は構成されているのだと思う。あともふもふ。そんな、もふ吸引機の名は九木田くん。愛称はくっきーだ。これもわたししか呼ばないが。

 

 そんなわけで、温かい店内で温かいドリンク片手に兵賀と九木田を観察していたわけだが、テーブルに置いていたスマートフォンが振動し始めた。ガラスの向こうの二人を見遣れば、兵賀がスマートフォンを耳に当てている。自分のスマートフォンに目を落とせば兵賀からの着信だった。ついでに時計を見ればいつの間にか待ち合わせの時間から五分ほど経っていた。

「もしもし、ひょーちゃん」

「三角か、今どこにいる?大丈夫か?」

「怒らないで聞いてくれるって約束していただけます?」

「……確約はしない」

「してよ」

「……わかった。今どこにいる」

「カフェのガラス張りの席見て」

 わたしはガラス越しに目が合った兵賀に小さく手を振った。

「…………お前なぁ」

「人間観察ついでに二人のことも観察してたら時間過ぎちゃった。申し訳」

「俺たちも店に入る。切るぞ」

「あいあい」

 店内に入った二人は、脇目も振らずににこちらに向かって歩いて来た。そしてそれまでダウンジャケットのポケットに手を突っ込んでいた九木田が徐に両手を出して、わたしの首筋に当ててきた。

「ちょ、くっきー冷たい冷たい」

「俺たちが寒い思いしてる間に温まってるお前が悪い」

「ごめんごめん、奢るからあったかいの注文してきて、そしてわたしの首から手を離して寒い」

 そう言えば、渋々といった風情で九木田が手を離す。わたしはスマートフォンを操作してカフェの専用アプリを開いた。アプリに入金してあるので、これで支払いができるのだ。支払いバーコードが表示された画面のままスマートフォンを兵賀に預ける。

「これでくっきーとなんか買ってきて」

「いいのか?」

 兵賀が尋ねる。それにわたしは頷いた。

「入金もしてあるし、二人分なら全然大丈夫。フードも食べるなら買っていいよ」

「わかった。せっかくだからご馳走になろう。行くぞ九木田」

「ごち」

 わたしの首筋から手を離した九木田が、ぴっと敬礼をして二文字だけ返してきた。口数というか、口から出てくる文字数が少なめなのはいつものことなので気にはならない。背の高い二人をレジに見送ってわたしは自分のドリンクを啜った。そしてカウンター席では三人で話し難いかと思い、適当な席に移るかと腰を上げた。ちょうどよく四人がけのボックス席が空いていたのでそこに荷物とドリンクを移す。すると、わたしが席を移るのを見ていたらしい兵賀がわたしのスマートフォンを持ってこちらに向かってきた。

「ドリンク買った?」

「ああ、ありがとうな。ドリンクは九木田が持って来てくれる」

「そっか」

 わたしが座った席の向かいに兵賀が座る。

「いつからここにいたんだ?」

「ええと、大体一時間前?」

「その間、人間観察を?」

「そう。最初本読もうと思ってたんだけど、なんか集中できなくてね。そしたら観察対象が増えたから観てた」

「人を観察対象とか言うな」

 呆れたように溜め息を吐く目の前の彼。それを見て苦笑いを漏らしているうちに、九木田が二人分のドリンクを持って席に向かって来た。片方を兵賀の前に置き、自分はわたしの隣に座ってくる。

「なんの話だ?」

「こいつが俺たちを観察対象としていた話」

「とりあえず抓っておけばいいか?」

「ちょっと、やめてよくっきー」

「そうだな、とりあえず軽めにやっておけ」

「ひょーちゃん!?なんで余計なこと、いたたたたた」

「お前の頬、餅みたいだな」

「いきなり女子おなごのほっぺた抓るとかある!?」

「餅……」

「手を伸ばすな!」

 伸ばされた九木田の手を叩き落とす。そんなやり取りを見て兵賀が声を殺して笑っていた。笑っている場合じゃない。助けろばか。

「とりあえずしばらくここで身体を温めてから動くか」

「そうだね、二人はどっか行きたいとこある?」

「俺は特に。九木田はあるか?」

「本屋」

「いいね、洋服もちょっと見たいな。君たちのセンス抜群だから」

「そう言いつつ俺たちの服は三角が選ぶじゃないか」

「君らはスタイルと面がいいからプチプラ適当に着せてもまとまるんだよ」

「俺は着られればなんでもいい」

「うん、そうだね、くっきーに関してはたまにセンスが別方向に爆発するから、わたしとひょーちゃんで見るね」

「九木田はたまにえぐい柄シャツとか持ってくるからな」

「どっから探してくるのか謎だよね」

「棚にあるぞ?」

「どこの棚よ、それ」

 不思議そうに言う九木田に思わず笑ってしまう。兵賀も呆れたように笑っていた。

 

 ドリンクをちびちび啜りながら、三人で他愛もない話をする。わたしのドリンクはすっかり冷めていたが、それでもなんだか身体や心が温かい。やっぱりこのソウルメイトたちと話していると居心地がいい。随分長い付き合いになるもんなぁ、と中学時代に二人と出会った学校の裏庭と、通学路にある人気のない公園を思い出していた。

「どうした三角、ぼーっとして」

「眠いのか?」

「んーん、なんかわたしらも随分長い付き合いだなぁって」

「……これからも続くだろう」

「そうだな」

「そうだね……わたしたちの冒険はこれからも続く!三角先生の次回作にご期待ください!」

「それ打ち切りのやつ」

「やめろ、打ち切りなんて縁起でもない」

「それな」

「言い出したのは三角」

「申し訳」

 わたしたちはこうしてくだらない話をしながら、これから先もわちゃわちゃ過ごしていくんだろう。三人が三人それぞれにバランスを取って、補い合って、足し引きし合って。ありがてぇなぁ、そう呟いたわたしの声は二人に届いただろうか。届いても届いてなくともいいと思った。わたしの心にしっかりと刻まれればいいことだから。

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