第5話 いただきます

夕食はご飯、たくあん、鮭、お味噌汁、肉じゃがだった。

俺はその並べられた食欲をそそる様な美味しそうな料理を見る。

それから顔を上げて佐藤を見る。

佐藤は笑みを浮かべながら俺を見ていた。


「それじゃあ頂きましょうか」

「ああ。そうだな。じゃあ食べようか」

「はい。じゃあ頂きます」

「ああ。頂きます」


ご飯は艶やかであり。

たくあんは律儀に切られている。

鮭は骨が適度に抜かれており絶妙な焼き加減。

それから味噌汁は温かく出汁が効いており。

肉じゃがはほろほろとじゃがいもが崩れ肉と玉ねぎなどが調和を放っている。


つまり全部ひっくるめるが凄まじい美味さだった。

正直三ツ星でも与えたいぐらいだった。

これを独学で学び...お姉さんから学んでいた、か。

滅茶苦茶に美味しい。

凄い努力が有ったんだろう。


「あの」

「...あ、ああ」

「美味しいですか?」

「そうだな。正直言って滅茶苦茶非の打ちようがないぐらい美味しい。...凄いな。これを半分独学なんて」

「有難う御座います。...お姉ちゃんもきっと喜んでいます」

「...大変だったんだな」

「そうでも無いですよ。...私は」


佐藤の顔が深刻になる。

その顔はまるで死神の様な顔だった。

俺はその姿を見ながら口を噤む。

そして次に顔を上げた際に。

俺はこう呼んだ。


「愛花」

「...え?」

「隣人同士だ。...そしてこうやって飯も作ってもらった。だからそのせめてものお礼だ」

「...!」

「...嫌だったら言ってくれ。すまない」

「...い、いえ。嫌じゃ無いです。親にも呼ばれた事が無いので」

「...え?」


俺はゾッとした。

(何だそれは)と思ってしまう。

それから愛花を見る。

すると愛花は苦笑いというか自嘲した様な感じで俺を見た。

そして「親は...うん。私をモノ扱いですから」と答えた。


「...深刻な家庭事情なんだな」

「話したくは無いので別の話題にしましょう」

「...ああ。そうだな。何の話題にする?」

「そうですね。...あ。...じゃあ横...じゃない。春樹くん」

「...あ、ああ。いきなりだな」

「だって春樹くんだって私を名前で呼びましたよね」


頬を膨らませる愛花。

それから俺を可愛らしく見てくる。

俺はその姿に赤面しながら頬を掻いて横を見る。

すると愛花は「私。話題にしたい事があります」と笑顔になった。


「...どういうのだ」

「春樹君の趣味を聞いても良いですか」

「俺の趣味?...趣味は...ラノベを読む事だな」

「それはライトノベルですか?」

「そうだな。半分ライトノベルで半分勉強。これが趣味だな」

「成程です。確かライトノベルっていうのは若者向けの小説ですよね」

「その通りだな。それが俺の趣味と言えるかもな」


その言葉に愛花は顎に手を添えて考え込む。

それから顔を上げてから俺を見てくる。

俺はその顔を見ながら首を傾げる。

すると愛花は意を決して聞いてきた。


「私も読めますか」

「は!?愛花が読むのか?ライトノベルを?」

「ご、誤解しないで下さいね。世界の幅を広げたらどうなるか実験しているだけです」

「...あ、ああ。いや。そうだろうとは思ったけど。だけど予想外だ。お前が読みたいと言い出すとは思わなかった」

「...私はサブカルチャーを理解したい。だからこそ読んでみたいのです」


愛花は言いながら笑みを浮かべる。

俺はその顔に「!」と思いながら柔和になる。

それから立ち上がってから寝室に向かう為に歩き出した。

寝室のドアを開けながら愛花を見る。


「寝室にあるんだ。ラノベは。だから取ってくる。待っていてくれ」

「あ。そうなんですね。...分かりました。待ちます」


しかし愛花がライトノベル。

何だか考えが及ばない。

驚愕そのものだが...でも何だろう。

このホッとした気持ちは。

正直...彼女の素顔が見れて嬉しい感じだ。



「このライトノベルは面白い。...純粋な恋愛ものだ」

「学園ライトノベルですね」

「そうだな」


恋愛ライトノベルを3冊持って来た。

それから愛花に手渡す。

すると愛花はページを捲って「?」を浮かべた。

俺も「?」を浮かべる。


「どうした?」

「いや。すいません。えっちなライトノベルかと思っていました」

「...おま...」

「男の人って...え、えっちな物が好きって聞きましたから」

「男性全員がそうだとも限らないぞ」


そう答えながら俺はため息交じりで対面の椅子に腰掛ける。

あくまで純粋な恋愛ものだ。

エッチな物を女子に渡す訳が無かろう。

そう思いながら俺は愛花を見る。

愛花は集中して本のページを捲る。


「...は。ごはん中でした」

「そうだな。後で読んだら」

「面白いですね。これ」

「俺が厳選したものを持って来た」


そう言いながら愛花を見る。

すると愛花はその言葉に目を丸くしつつ柔和になる。

それから本を横に置いた。

そして俺に向いてくる。


「有難う御座います」


と言いながらだ。

俺はその姿に「どういたしまして」と笑顔になった。

それから食事を続けた。

幸せな感じがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る