第11話 自己紹介

片耳についた紫色のピアスは照明に照らされチラチラと輝いていた。白衣を着た少女は見た目に反し、どこか大人びた雰囲気を感じさせる女性だった。

「先程はえー、改めて失礼しました。わたし、シズネと申します。ネット放送ではそこの木偶の坊のハンドルネーム、『スネーク』という名前で時々リスナーを楽しんでます。普段のお仕事は…ふふ内緒でぇーす!以後お見知り置きをー!!」


ジャズの軽快な旋律の中、各々が会釈する。簡単ではあるが、これでいちおう全員の自己紹介がすんだ事になる。

店内には8人の常連リスナーが集まり各々が


『ゴブリン』町田千尋。通称チヒロ。社会人。

『アルマゲドン』通称アル。学生。女性。

『退屈な門番』通称モモ。社会人。女性。

『野菜売る人』通称ヒカリ。学生。女性。

『スネーク』通称スネーク。バー経営。男性。

『スネーク』通称シズネ。スネークさんとアカウントを共有している。女性。

『孤高の戦士』通称先生。外交官。男性。

『タイガー』通称タイガー。フリーター。男性。


という感じで紹介を済ませた。今回のオフ会では、放送で使っていたハンドルネームは一旦置き、改めて呼びやすい名前をつけることになった。(自分でつけておいてなんだが、『ゴブリン』と呼ばれるのは流石に恥ずかしいので、これは有り難かった)



「へー!アカウント共有してるんだ。全然気づかなかった~」

そう返すのはロングヘアーでマスク姿の『退屈な門番』ことモモさんだ。顔の半分がマスクで覆われているため表情ははっきりとは分からない。前髪の隙間から長いまつ毛がバサバサと上下している。成人してはいるのだろうが、ギャルのような見た目の女性だ。リスナーとしての彼女の印象は他人のボケに乗っかったり、質問などのレスポンスも素早い、会話上手なオタクさん、という印象のリスナーだっただけに、千尋はかなり意外な心境だった。

「女の子だったんですね門番さん。予想外です」

となりに座ったアルさんが呟いた。


貴方が言っちゃダメだッ!!と千尋は心の中で強く呟いた。


「モモでいいよ。にしてもよく集まったね。声かけたのあたしだけど(笑)主、結構男前じゃん~」

主とは十中八九、放送主である僕のことだろう。マスクで口元が見えないので一瞬誰が話したのか分からなかった。

「いやいや何言ってるんですか」

咄嗟に口出してしまった。お世辞にもほどがある。いや、正直お世辞でも嬉しいが、そんな覚えや経験は自分にはない。バーの目線が千尋に集まる。

「うーん確かに!ネットにおいて現実の姿形は一種の禁忌とされてますものな!そう考えるといい意味でゴブリン殿は期待を裏切ってくれましたね!」

話を切り出したのは、向かいに座っている『タイガー』さんだ。天然パーマなのか、アフロなのか、ふわふわした髪の毛が印象的だ。いつも放送を盛り上げてくれる古参のリスナーが彼だ。コメント率も常連の中でも群を抜いてトップだと思う。ひょうきんなタイガーさんがいるだけで、なんというか、だらけた放送も暗いムードのチャットルームも明るくなる気がするのだ。

「千尋でいいですよ、あのほんと、お世辞でもそんな盛り上げないでください皆さん(笑)何にも返せないコミュ障なんで…」

いわゆる「ピエロ」役も進んで引き受け、会話を楽しくしてくれる。そんな印象のリスナーだった。だからこそ千尋は現実のタイガーさんがどんな人物なのか非常に興味があった。


「そう、ですかね?私はあまり、見た目には驚きませんでしたけど」


それは平凡な僕の見た目に関して言ってるんですかねアルさん…(いや、実際そうなのは間違いないんだけど)


「見た目なんかどうでもいいんじゃねーか」

カウンター内の『スネーク』さんが口を開いた。目線はそのまま、ドリンクだろうか、手を動かしている。しばらくして各々が「まぁ確かに」といった感じでうんうん頷いた。

「ほんとね、大事なのはみんなが集まったってことだもんね」

「そうですね。会うのははじめてですけど放送でいっつも話してますもんね」

「そうそ。どうせすぐ慣れるんだしな(笑)」

門番さんにつづいて『野菜売る人』のヒカリさんがつづけた。

ヒカリさんは農業系の大学に通う学生らしい。そう、まさに『野菜売る人』なのだ。正式には野菜つくるひとなのかもしれないが。

みんなビールでいいか?とスネークさんが続ける。門番さんと野菜売る人さんは度数低めのカクテルを注文し、シズエさんはソフトドリンクを頼んだ。

スネークさんが慣れた手つきでグラスに酒を注いでいく。みた限り180cmはある長身だ。肩まであるグレーの髪は照明に照らされ、もはや金髪に見える。遠目にみても不良か、漫画に出てきそうなバンドマンにしか見えなかったが、声色と所作のせいだろうか、『色気』という言葉がぴったりあてはまる人だなと思った。

千尋の視線を感じ取ったのか、スネークさんと目があう。離れていてもわかるほど、まつ毛が長い。

「ゴブリン…千尋くんいくつなの?」

「え!(言い直してくれてる。恥ずかしい。)に、24です」

「24か!わけーな」

「え?まじ?タメじゃん!」

「じゃあヒカリちゃんの次?に若いのか」


あれ?


「アルちゃんは?女性に年を聞くのも失礼だけどさ」

スネークさんが続ける。

「さんびゃ…、すいません、自分の年数えたことなくて」


今ぜったい300って言おうとしたこの人。


「ぶっ(笑)え!?自分の年覚えてないの!何それ武士かよッ!ウケる!」

モモさんが一人手を叩いて笑っている。まさにアルさんの天然ぶりが露呈した瞬間だった。いや、それよりも『武士かよッ』ってどういうツッコミなんだモモさん。


「ま、年なんかわざわざ言いたくないわよねェ」

と、年齢不詳のシズネさんが口を開く。あなたがそれを言いますか。とツッコミそうになったがなんとか我慢した。


テーブルが笑いに包まれる中、スネークさんがドリンクを運んでくる。

「ま、とりあえず乾杯しようぜ」


『うわーい』と子供のようにシズネさん、タイガーさんらが声を上げる。そういえば、久しぶりのお店で飲むビールだ。炎天下の中、迷わないよう必死で歩いてきたここまでの道のり。思うように水分をとっていない。おまけに店内で思い切り叫んだ影響か喉がカラカラだ。冷えたグラスに触った瞬間、思わず生唾を飲んでしまった。


「じゃ、ま、かんぱーい」


そんなこんなで


オフ会が始まった。



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