第10話 「アカネちゃんの集い」

『アカネちゃんの集い』

階段を上ったすぐの立て看板には、軽いデコレーションとシンプルな白チョークで文字が書かれていた。どうやら集合場所はここで間違いなさそうだ。

「よかった。あってそうですね!」

うしろからアルさんが顔を出して言った。

「はい!…でも」

看板の先のガラス戸の向こうは暗くてよく見えない。BGMのような音楽も聞こえず、千尋にはとうてい人がいるような気配は感じなかった。

「…あってるのかな」

「入ってみましょう」

「え!」

瞬間、アルさんは千尋の横を抜け、ガラス戸を開けて中に入っていった。あまりのことであっけにとられたが、すぐ気を取り戻して千尋も後を追う。

「すいませーん!」

「す、すいませーん(小声)」

ガラス戸を開けた部屋の中は、薄暗いがバーのような横長の空間だった。扉を開けたすぐそばには、立派な一枚板の対面式カウンターが店内奥までのびており、反対側はテーブル席が2つと、深く座れるソファと大きなテーブルが用意されていた。

様々なネオンボードやジュークボックス、よくわからない個性的な絵画やアンティークが置いてある。アメリカンスタイル?とでもいうのだろうか、とにかく千尋にはよくわからなかったが、お洒落なお店とはこういうお店を言うのかもしれないと身体で感じていた。

「留守…ですかね」

「おかしいな。人の匂いがするんですけど」

動物ですかあなたは。と、喉元から突っ込みが出そうになったが千尋は慌ててそれを抑えた。

それにしてもたしかに妙だ。人はいないのに各テーブルの上にはグラスやお皿が綺麗に並べられている。何よりクーラーが効いていて部屋の中はとても涼しくて快適なのだ。

不思議に思って部屋の中を見回していくと、おんなじ行動をしていたアルさんと目があった。緊張した状況と照れ隠しなのか、お互いにすこし笑みが生まれた。

「いったん、外に出ましょうかアル…マゲドンさん」

「ふふ。アル、でいいですよ。ゴブリンさん」

ゴブリンと呼ばれることが日常会話であるなんておもわなかったよ母さん。

だがその短いキャッチボールで緊張がほどけた気がした。今微笑んでいるアルさんもきっとそうなのだろう。大袈裟かもしれないが、ネットの友達からリアルな友達。この出会いを経ただけでも東京にきた甲斐があったかもしれないと千尋は心の奥で思った。今までネット配信やチャット、ボイス通話で話してきた友達が今目の前にいる。奇妙だが、ネットの垣根を超えて、本当に実在する人間がいた事実。(自称魔王だけど)そして実際にこうして出会えたこと。点と点が繋がって線になった感覚が千尋は感動した。

『知らない他人と出会う』考えれば平凡な出来事なのに、そんな小さなことが千尋はとても価値のあることだと思えた。本当に大袈裟だけど、そう、感じた。

冷房のきいた部屋を出るのは、名残惜しかったが、集合時間もあるし、そんなに時間もかからないだろう。おそらく五分か、そのあたりのはずだ。

アルさんがガラス戸に手をかけ、外に出ようとした、その時だった。

突如、店内を爆裂音のようなEDMが流れ走った。アルさんも驚いてガラス戸から手を離す。照明が一気に転調し、店内を彩る。驚きで身体から汗がでてきた。重低音がぐらぐらと店内を揺らす。二人で顔を合わせて固まっていると、店の奥から白衣を着た少女が飛び出してきた。

ぎょっと驚いて動けず固まっていると、少女が片手に持った何かを千尋に向けた。

『ドッパーン!!』

「うわぁああああ!」

衝撃と驚きで後ろに倒れる千尋。顔に何か熱いものを感じて手で払うと、金や、銀紙で作られた飾りがいっぱい頭にかかっていた。

「あ、あれ!?」

だんだん頭が冷静になり、正体がわかった。クラッカーだ。あまりの衝撃音と火薬の匂いで、てっきり頭を拳銃か何かで撃ち抜かれた気がしていたが、そんなことはなかった。それにしてもとんでもない悲鳴を上げてしまった気がする。

「なはははははははは!!」

顔をあげると目の前の少女が思いっきり高笑いしている。アルさんも固まったままだ。

「ははは!いやー!ごめんごめんー!驚かそうと思ってさ!ちょっとやりすぎちった!!なはは!」

瞬間、カラフルな店内は平穏を取り戻し、優しい明かりに変わった。凶暴なEDMもブチっと切れ、しばらくしてお洒落で優雅なジャズが店内をつつんだ。

「アホお前やり過ぎだよ。固まってんじゃねーか!もっとちゃんとあやまれ!」

店内奥から出てきた長身の男性がポカっと少女の頭を小突いた。少女は頭を抑えて、千尋とアルに「いや、ほんとすまんすまん」と申し訳なさそうにしている。

「あの、い、いったいこれは…?」

思わず声に出すと、長身の男性が倒れた千尋を優しく抱き起した。

「すいません。お兄さん、お嬢さん。オフ会で来られたんですよね?」

「はい」

アルさんが答える。

「俺、ハンドルネーム、スネークです。自分で言うの恥ずかしいけど。アルマゲドンと、ゴブリンだよね??実はもう二人以外集まっててさ。待つだけだったんだけど、な?」

「う…あの、あたしがただ待つんじゃ面白くないかなぁって思って、電気とか消して、ふたりを驚かしたら!どうかな!ってえへへ」


えへへじゃねぇよ。はっ倒すぞアナタ。


「ちゃんとあやまれ(ポカッ)」

「いてっ。ごめんねぇ~」

「なんだ、よかった。てっきりテロ組織におそわれたかと思ってひやひやした」

いやそんなはずないからアルさん。飛躍しすぎだから。そんなところで天然かボケか難しい線引きの言葉ださないでアルさん。

「だから言ったじゃん。流石にやり過ぎじゃないってさ!」

「そうですよ~!だ、大丈夫ですか?」

声の方に顔を向けると店内奥から二人の女性がこちらに向かってきた。

「はじめまして。あたし『退屈な門番』ね。よろしく。ごめんね。あたしは反対したんだけど、ま、半分面白そうだねって賛成もしたんだけど、結果怖かったよね。…ご、ごめん許して」

「ごめんなさい!あ、自己紹介!『野菜売る人』でやってます。すいません。あたしも少しワクワクしちゃったのもあって。あの、ごめんなさい!」

必死にあやまる二人。アルさんも落ち着きを取り戻して対応している。確かに腰が抜けるほど驚いたが、その分もう何がきても驚かなさそうな自信が千尋にはあった。

「ほんと悪いな。もう何も起きないから安心して座ってくれ。荷物も適当に置いていいぜ」

カウンターに入ったスネークがこたえた。退屈な門番と野菜売る人は申し訳なさそうにアルさんに謝っていた。

「ねぇ、あなたたちもでといでよ。自己紹介しよみんなで」

少女の一声で店内奥からパソコンを抱えたひとりの男が出てきた。

「申し訳ないゴブリンさん。アルマゲドンさん。すこし悪ふざけし過ぎたね」

青いフレームのメガネをかけている知的な男性は申し訳なさそうに続けた。

「悲鳴聞いたときはそれは面白かったんだけどね、流石にふふ、やり過ぎたね。はは」

いや、笑いが出てますよお兄さん。こぼれ出てますよ。内心が。

「驚きましたよ。もうあんな声出したくないです」

「いやぁごめんねぇ。はは、申し訳ない」

「ちゃんとあやまんなさい」

「おめーがいうな(ポカッ)」


そのやりとりで一気に場が和んだ。みんなから笑顔がこぼれる。ネット配信やチャットルームで感じる『いつもの感じ』が帰ってきたような気がした。心の奥が波打っているのが分かる。

スネークの「とりあえず座ってくれ」の一声でみんなが各々荷物を降ろし、ソファ席に腰かけた。勿論緊張は取れないが、みんなある程度知っている仲だと分かればあまり気負いすることもないだろう。

「よし、じゃあ改めて自己紹介するか。えー」



その時だった。



『バタンッ!』

と勢いよくWCとかかれた奥のドアが開いた。




「誰か忘れてませんかァア!!みなさぁん!もしもーし!!!」




あ、絶対あの人タイガーさんだ。


と、自分だけでなくきっとアルさんもそう思っているに違いない。と確信する千尋であった。






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