第8話
「アカネちゃん」の前回の放送終了後しばらくして、かなりの反響をよんだ。原作とちがう展開、
クオリティの高さ、後番組のつまらなさも相まってオタク達の中で話題になった。これからDVDも発売される予定で、その売り上げにより続編がつくられるかどうかが判断されるようだ。
「売れるといいけど…」
新幹線に揺られ千尋はボソッと呟いた。品川駅までまだ大分ある。人生で4、5回目におとずれる東京。半分仕事で半分遊び。いずれにせよ知らないことが多い都会は少し緊張する。
最終回の日以降、グループチャットはオフ会企画に向けて常に動いていた。ネットのやり取りは面倒で、連休という大体の目安は決まっていても、具体的に何日なのか、何処なのか、幹事は誰がやるのか、細かく決めるところ、レスポンス速度が人によってバラバラだったりと、決めるまでには少し時間がかかった。そして無事オフ会開催はまとまりをむかえた。会場は東京の新宿。もちろん、メンバーの交通事情をふまえての決定だ。だが驚いたことに地方に住んでいた千尋を除き、後のメンバーは全員東京在住だった。
……………
タイガー「みなさん、ぼくは埼玉ですよ」
……………
東京に決まった際、他のメンバーは気を使ってくれて開催地をずらそうとしてくれたが、千尋は断固拒否した。自分1人遠いためにみんなを付き合わせるのが嫌だったのと、どこか自分の知らないところに行きたい。そんな衝動があった。
「どんなひとたちなんだろ」
そう思った途端猛烈な睡魔にかられ、千尋は目を閉じた。
……………
品川駅から降りると、まずその人の多さに千尋は衝撃を受けた。田舎からテレビで見ていても、その実態はやはり違う。修学旅行ぶりに乗った新幹線は思ったよりも快適だったが、人の多さには息苦しさとめまいを覚えた。
「…と、そうだ」
携帯を取りだしアプリを開く。このために前もって電車の乗り換えアプリをインストールしておいたのだ。田舎の鳥取では到底必要ないアプリなのだが、東京では(アルさん曰く)必須アプリなんだそうだ。もともと方向音痴気味な千尋にはそんなアプリが一つあるだけで心強い。財布の奥にしまっていた切符を取り出し、無事改札を通過した。
「えーと、山手線ってのは…」
それにしても人が多い。連休もあいまってだろうが鳥取とは別世界だ。家族づれ、サラリーマン、カップル、国籍もよくわからない外国人、いろんな人間が何かに追われるように駅構内を歩き過ぎていく。人の波に目が回りそうだった。
「ふうっ…」
新宿駅をでるとべたっとした暑さが身体を包んだ。おもわず汗が首筋をつたう。
炎天下の中、人の波が目の前をうねっている。
「…人酔いしそうだな」
立ち止まって波を見ているとめまいを起こしそうな感覚に襲われる。(たしか斉藤和義の歌にそんな歌詞出てきたな…)なんでみんな平気なんだろう。と、そこまで考えて千尋はとたんに頭を振った。
「いかんいかん、悪い癖。都会にでただけで考え込んでどうする」
大きなバスターミナルを横目にどでかい繁華街を目指した。頼りないスマホのナビゲーションの自動音声が心細い千尋を勇気付けた。
「左です」
「あ、はい」
やたらと曲がり角、というか道が入り組んでるような…いや、余計な詮索はやめよう。方向音痴の自分が知らない土地で悩んでもどツボにはまる。
「目的地に到着しました」
「へ?え、まって、どこ?あれ、ルート消えた。あれ!?」
まてまて!まだ僕は目的を地見つけてませんよお兄さん。
「運転お疲れ様でした」
「運転してねーよ!」
思わず突っ込んでしまった。あわててあたりを伺うが誰もいない。ナビは沈黙のままだ。あわてて再検索を試みるが動揺して手がおぼつかない。
「あれ?もしかして…」
うだる暑さの中、その透き通った声に千尋は聞き覚えがあった。顔を上げるとアッシュカラーに染めた短髪の女の子がこっちを見ていた。
「ゴブリン…さんですか?」
ここは新宿。人の波と熱気渦巻く。都会の喧騒がけたたましいなか、どこかの電柱でアブラゼミが張り裂けそうな声で鳴いていた気がした。
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