第6話 アカネちゃん
爆風とたちこめる煙の真っ只中、サラリーマン鳴海は音も方向もわからない状況で、とにかく前へ前へと足を走らせた。心臓が締め付けられる苦しさと喉のえづきで倒れてしまいそうだった。中年の自分に走れるような体力があったのか不思議で仕方なかったが、身体は確かに悲鳴をあげていた。
粉塵を抜け、真っ黒に焦げた山の上には魔法少女…もとい魔法熟女アカネちゃんがたっていた。
「…しつこいね、アンタ」
「き、きみに、伝えなくちゃいけないことが、あって」
乾いた喉に息が詰まる。言葉がうまく出てこない。
「…だいじょーぶ?おっさん」
そういうお前はオバさんだろうが。なんて言ったら今すぐ殺されるんだろな。と鳴海は思った。
「…ぼくが探している魔法少女は、アカネちゃんは、君だった」
「…そう、アンタが向こうの世界から覗いていた少女があたし。アカネちゃん。」
やはりそうだった。鳴海の全身が奮い立った。今まで自分が追い求めていた少女が、世界を超えて、困難を乗り越えて今、目の前に立っている。この世界に来て、色んな人と出会い、色んな壁に当たった。でもそれを乗り越えられたのも『アカネちゃん』の存在を信じて諦めなかったからだ。目には熱い涙が溜まってた。目の前で泣くわけにはいけない。目尻を拭おうと指先を近づけると我慢できずに涙が頬を伝った。顔を伏せているのにアカネちゃんが驚いたのがわかる。無意識にだらだらと流れていく涙と鼻水、もうこの衝動は抑えられなかった。
鳴海は子供のようにわんわん泣いた。きっと今この瞬間、自分はおっさん界トップクラスに気持ち悪くて、惨めな姿なんだろう。そんなことを思い、今までの道のり、苦労、感謝すべてがぐちゃぐちゃに混ざり合って、それを噛みしめるように、泣いた。その間アカネちゃんはその場を一歩も動かず、鳴海をただじっとみつめていた。
「すいません…お恥ずかしいところを」
「…あたし、もう魔法少女じゃないんだよ?アンタがこの世界に来るまでに20年以上経っちまったんだ。わかる?もうオバさんなの。牢屋に入れられ助けを求めてたあの頃とは違う。ドジもしない金もある。世間的に汚いところも知っちゃった大人なの。魔法使えるちょっと強めのね」
「…ぼくも驚かなかったわけじゃありません。ただ、ぼくは出会う前の理想を勝手に自分の中で作り上げて自爆していただけなんです。向こうの世界であなたと出会って、普通に会話できるってこと、こんなダメなぼくが人と話せること関わることの喜びや、もう広く言っちゃえば自分が生きていく上での…すいません、美化しちゃいました、と、とにかく嬉しかったんです!あなたと出会えて!」
「……」
「でもこの世界に来てあなたと出会える可能性があるッ!ってなった時、途端に怖くなったんです。自分の姿や内面に。誇れるようなものも無い、自信もない。あなたと関わってそんな雑念捨てるべきだ!って頭では分かってたんですが、ぼくはやっぱり自分が可愛かったんです。…でも一度逃げ出した時、すぐに後悔して…そればっかりの人生でしたから!そんなの、そんなのもう嫌だ!って強く想ったら、あなたの前にいました」
「……」
「…長いこと待たせてすいませんでした。あなたに救われ今のぼくがいます。今度はおじさんがあなたを救います。良い…ですか」
「………うん」
アカネちゃんの消え入る一言とともに画面は深い黒に染まった。絶妙な間でピアノの旋律が奏でられる。画面は黒のまま、白のエンドロールが流れていく。千尋は息をすることも忘れ画面に集中していた。パソコン越しのリスナー達も、今回ばかりはコメントを一切やめて見守っているようだった。
エンドロールの最後、「未来へ」の文字が浮かび上がり、放送は終わりを迎えた。
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