第4話 アルさん
「もしもし、ゴブリンさん」
ボリュームは小さいがマイク越しにはっきりと女性の声が聞こえてきた。チャットの際に感じていた日本語のたどたどしさは一切なく、はっきりとした口調の、澄んだ女性の声だった。そんな一言にこれまで自分が勝手に想像していたアルマゲドンさんの人物像は一気に崩れた。
「はい、え、女性の、あれ…方なんですか。あれアルマゲドンさんですよね?」
自分でも声が上ずっているのが分かる。
「あ、はい!」
「あ、えと、はじめまして。ゴブリンと申します」
チャットでは簡単に出来ていた会話でも、直接声を交えるのはまた別物の緊張感がある。初対面の人同士特有の気まずい沈黙が流れた。これではいけない。相手に気を使わせては…
「アルマゲドンさん…日本語」
「え?」
「あ、いや!すいません。てっきりチャットした感じとかでまだ日本語慣れてないのかと思ってたので、声きいてびっくりしました。お上手ですね!」
「本当ですか!!…よかった。あの、私あまりこっちの知人がいないので話さなくて。正直言葉も上手く伝わってるのか自信なくて、それにパソコンに疎くてどうも…」
日本の友達だろうか。それにしても驚いた。チャットの文面とまるで別人のような流暢な言葉づかいだ。片言の外国人留学生だとおもってたのは気のせいかもしれない。もしかしたらキーボードのタイピングが慣れていないだけで日本語は問題なくマスターしているのかもしれない。会話はふつう、いやむしろ上手過ぎる程だ。
「そんなことないです。すっごく日本語上手じゃないですか!驚きました」
「あ、ありがとうございます!マイクも大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思いますよ。ちゃんときこえてますし」
「よかった。この…マイク?…差込口のマジックステッキの所が曲がってるので、上手くささってるか分からなくて」
瞬間、息を飲んだ。
「え…そ、それってもしかして、アカネちゃん限定ノートPC…じゃ…ないですか?」
「はい、そうですよ」
「えええええええええええ!?」
はっ、と慌てて声を抑える。イヤフォン越しにアルマゲドンさんの「っどうしました!?」の声が聞こえてきた。
「だってそれ!DVD予約先行特典、しかも限定5名しか手に入らない超レアなやつですよ!!」
「あ…はい!」
あ、はい!…って、分かってるのかこの人。アカネちゃんはそこまでメジャーなアニメではないけど(おそらく)人気はそこそこにある作品だ。にもかかわらずDVD特典がアカネちゃんデザインのノートPC。僕はアニメ業界の事情は詳しくないけど、こんな贅沢な特典は無いだろう。ファンは喜んで是非とも欲しいと言うに違いない。(少なくとも僕は欲しいと思って予約した。…当たらなかったけど)
だがこの天然さはチャットでも垣間見えたアルマゲドンさんらしさに思えた。緊張が緩んだのか、僕はそのままアカネちゃんPCの入手経緯にはじまり、ついでにアルマゲドンさんを片言の外国人留学生(男)だと思っていたことなんかも話していた。それを聞いて今まで静かだったアルマゲドンさんも吹き出すように笑った。
心配性な自分の性格のせいもあり、いちいち考えて慎重に事を進めようとする癖があるが、会話が弾んでいくと、それも気にしないでいいように思えてくるようになる。
そこまで考えて笑えてきた。
チャットや通話ひとつするにしても無駄に悩み、怯える自分。だが画面を通り越した新宿在住の魔王(元)はこちらのことをちっとも知りもしない。放送に来てくれはするものの、もしかしたら興味はさほど無いのかもしれない。にもかかわらず、自分の思い描いていた予想と違うだけで一人慌てる僕はなんて滑稽なんだろうか。
勝手に自分で溜め込んで、自爆する。相手の顔色ばかり伺って自分を隠す。学生時代の教訓から、それを繰り返さないように生きようと努めてきたつもりなのに、気づけばその事に怯えながら生きている。
「どうしました…?」
いま、画面の先のこの人と僕は、会話をしてる。向こうは僕の事をあまり知らない。僕も向こうの事をあまり知らない。共通の話題といったら最近知ったお互いの環境と「魔法少女アカネちゃん」ぐらい。そんな小さい間柄だ。でも、それでいいじゃないか。さっきまで考えていた不安なんか相手は知らない。社会人になってやっとできた自分の趣味に嘘はない。それを共有できる友達に嘘はつきたくない。自分のいらない気づかいで、相手に不安や不信感を与えるのは嫌だ。そりゃあ、まだ慣れないし、心配性だけど、
「いえ…なんでもないっす!」
アルマゲドン、いやアルさんに気を使っていくのはやめよう、そう僕は思った。
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