第3話 チャット仲間

「町田くん、きいてる?」

額の脂を光らせたまま部長は、それでもスポーツ新聞に目を凝らしたままだった。

「はい。ちゃんと言っておきますので」

「うん、杉田くんもまだ学生の感じが抜けてないからね、まぁなんだ。ゆとり世代同士、うまい具合に後輩に教えてあげてよ先輩」

…ゆとり世代か。僕自身、何も好き好んでそんなカテゴライズに当てはまる気なんかなかったんですけどね部長。

自分のデスクに戻ると、向かいのブロックの杉田が両手を合わせて申し訳なさそうにジェスチャーで謝ってきた。思わず小さなため息が出たが、後輩のミスした仕事の後処理をしなければならない。時刻は14時。遅めの昼飯をと、思っていた矢先にこれだ。杉田め、悪いと思うなら少しはこっちにきて手伝うか、せめて部長の所に来い。

なんてことは自分の性格上、言うに言えなかった。少しだけ僕も杉田に仕事を任せてみたかったところもあるにはあったし、なんて考えると「…ま、いいか」なんて思えるのだ。それに、今日は待ちに待ったアカネちゃんの放送日だ!

魔王と出会う回の日、つまりアルマゲドンさんとチャットした日から数週間が経っていた。「魔法少女アカネちゃん」はどんどん面白くなっていくし、もちろん配信も続けていて、心なしかリスナーのコメントも増えてきたような気がしている。気が、している。

余談だがアルマゲドンさんとのチャットは不定期ではあるが、途切れずに続いていた。「魔王でした宣言」以降、途端に胡散臭く感じたアルマゲドンさんだったが、どうやら天然らしく、「魔王でした宣言」もボケにしては事後のフォローもなく、トータルしてアルマゲドンさんは変わったノリのリスナーという印象でおさまった。

「ただいまぁ」

いつもより重たく感じる扉をあけて、玄関に靴下を脱ぎ捨てた。上着を放って、ソファになだれ込む。

結局、杉田のカバーはほぼ自分がやる事となってしまった。その日のノルマに加え、知らない内容の仕事の受け継ぎのストレスで、てんやわんやの1日だった。流石に今度会った時、杉田に一言注意しないとな、と思ったらため息が出た。

最近仕事が忙しく、晩酌用のおつまみを用意していない。なのでもっぱらコンビニで買ってきたもので済ますのがほとんどだ。…代わりと言っては何だが、ビールだけは冷蔵庫に何本も常備するようにしている。

「…よしっ」

決めてからの千尋は早い。特技の瞬間脱ぎでスーツを脱着。すぐさま「部屋着」と書かれたTシャツに着替えた。洗濯物を洗濯機に放り込み、猫の餌を用意する。冷えたビールを喉に流し込み、今日あった会社のストレスを吹き飛ばすが如く、

「っぷはー!」

と息を吐いた。子猫がじっとこっちを見ている。なんだか僕は今、とてつもなくオッサンに見えてるんじゃないかと想像し背筋が凍った。

コンビニのおつまみを開け、猫と並んで夕食を始めた。飼い始めて大体1週間、そろそろ名前をつけなくちゃな。でも名前をつけたところで自分に懐いてくれるか正直自信がない。しばらく考えて、「ま、なんとかなるか」の一言でまとまった。

そろそろ放送の時間、ビールを片手にパソコンを開いた。周辺機器の電源をいれ、パソコン上ではネット配信のページへ向かい、時間に合わせて配信開始のボタンをクリックする。我ながら随分慣れたものだ。

配信が始まってから少しして、常連のリスナーがコメントで挨拶してくる。みんな元気そうだ。僕は今日あった会社の愚痴を織り交ぜながら軽く挨拶を済ませ、しばらくして始まった「魔法少女アカネちゃん」が終わるまであまり話す事なく集中してテレビにかじりついた。


・・・・・・

アルマゲドン「すごい」

ゴブリン 「いややばいですね今回…」

タイガー 「おもしれー!!!!やべー!」

孤高の戦士 「おいおいまじかよ」

スネーク 「うわああああ涙」

退屈な門番 「攻めてるねぇ今回」

・・・・・・


アカネちゃん放送終了後、コメント欄は今回の話でいっぱいだった。コメントを読みながら自分のまとまらない感想をリスナーに話していく。

魔王の回から「アカネちゃん」は急展開を迎えていった。原作と違ってアニメオリジナルの色が強くなっていき、だからこそ物語がどうなるのか全く想像がつかないのだ。

そして今回のラストで、初めてアカネちゃんが登場した。主人公の中年サラリーマンが思い描いていたアカネちゃんの実際は、可愛くて可憐な美少女…ではなく、冷徹な現実主義の、熟女だった。

これは次もみないとな…と、心で呟いた。

配信が終わった直後、パソコンの右下にチャットメッセージが届いた。アルマゲドンさんだ。


・・・・・・

アルマゲドン「配信お疲れ様でしました」

ゴブリン 「アルマゲドンさんありがとうです。今日もどうもでした^o^」

アルマゲドン「今回のアカネちん驚きました」

ゴブリン 「っすね。僕もびっくりです」

・・・・・・


アルマゲドンさんとは今では普通にチャットできる仲になった。変わった人ではあるけど、悪い人ではないと直感で感じていた。(ネットで感覚なんて言っても何も信頼ないけど笑)

チャットし始めた当初、会話の内容はアカネちゃんのことだった。勿論それだけでは尽きてくるので、次第にお互いに知らないエピソードや豆知識を教えあうに繋がり、そして、お互いのことになった。

アルマゲドンさんは東京の大学に通いながらアルバイトをして生活している学生さんだった。日本語を勉強する名目で「魔法少女アカネちゃん」を見始めたらしいが、すぐにハマっていったらしい。ちなみにアルマゲドンさん本人は「私は大学で勉強してるニートです」とだけ、僕に伝えてきたが、時々感じるぎこちない日本語と「魔王でした宣言」の時の天然さや抜けた所も含めて、僕は勝手に姿形と外国から越してきた留学生だと想像した。(これもネットの影響かな)

自分でも意外だったのは、アルマゲドンさんに自身の環境を教えたことだ。無論全部ではないが、一人暮らしのこと、猫を飼ってること、勤めている会社のこと、映画が好きなこと。普段の自分なら到底他人に話さないことをアルマゲドンさんに話した。それが不思議だった。

他人とは一定の距離を保とうとしていたのに、気づけばネット配信をはじめ、人とつながりを持とうとしている。社会人になっても話せる友達がいないからなのか、独り身の寂しさからなのか、当てはまりそうな事は沢山あるけど、はっきりした理由は分からない。でも今、リアルタイムで生まれているこのチャットは苦じゃない。やはり自分は、話せられる場や相手を求めていたのかもしれない。そう千尋は感じていた。

「ふむ…」

考えこんでしまうのが自分の癖だ。いい時も悪い時もふと、顎に手を置いて10秒ほど物思いにふける。高校時代はよくそれで同級生に「またか」なんて引かれたな…あ、いけない。いけない。アルマゲドンさんだ。


・・・・・・

アルマゲドン「えー。マイクはPCのUSBにつけるばいいんです??」

ゴブリン 「ヘッドセットのマイクですよね??それで大丈夫です!」

アルマゲドン「うわ、わたしは分かりませんです。これですかの?」

ゴブリン 「がんばってアルマゲドンさん笑!」

・・・・・・


実は今日、ボイスチャットが来ることになってる。理由は簡単で、日本語が打ちにくいらしいからだ。正直、僕としても読みにくい所が多く、日本語は話すだけなら上手とのことなので(あまり期待してないけど)ならいっそのこと電話で話しちゃいましょうという流れにまとまった。ちなみに僕はその時少しお酒に酔っていたのでそのような大胆な行動に出てしまったと思う。

「ほんと、何があるかわかんないな…」

なんて自嘲じみたことを呟いて缶ビールを飲み干すと、ディスプレイいっぱいにアルマゲドンさんのアイコンが映し出された。

「お、きたきた」

ビールをテーブルに置き、少し足をなおした。隣では子猫が満腹になったのかぐっすり寝ている。僕はなるべく起こさないようイヤホンをパソコンにつけた状態で通話開始のボタンをクリックした。


「はーい、もしもーし。アルマゲドンさーん?…あれ?もしもーし」


「…もしもし?」


「へ?」


安いイヤホンの先から聞こえてきたのは、想像とは真逆の、女の子の声だった。

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