第32話 ナツノマモノ(梨乃目線)

季節は、夏真っ盛りの8月中旬。

今日は、こまちが早番、私が日勤、貝瀬が遅番というメンバー。

こまちが入浴表のファイルを見ながら、何か悩んでいる様子。

チラッと見ると、メモには4名の名前が書いてあった。

あれ?入浴って、1日3名ずつじゃなかったっけ?

明日、誰か受診の予定あったかな?

『あれ?松本さん、今日の入浴者多くない?3名じゃないの?』

と、聞いてみた。

「そうなんです。何故か昨日、入浴2人だったみたいで…。」

と、少し困った顔をしているこまち。

何で2人?入れ替えてくれなかったってこと?

『貝瀬さん、昨日出勤でした?』

と、遅番の貝瀬に聞く。

昨日の早番はコイツだからね。

「僕、昨日早番でいたよ。何かあった?」

何かあった?じゃないわよ。

自分がやったことわかってます?!

『昨日、何で入浴2人だったんですか?』

こまちの代わりに私が聞く。

「昨日、内田さん受診だったんだよ。帰って来てから入れようと思ったんだけど、疲れたみたいですぐ休んだから、今日にしたの。」

『今日の人と入れ替えてくれました?』

「ううん。昨日は、内田さん以外の2人だけだよ。だから、こまちちゃんよろしくね!」

は?入れてないよ。じゃないでしょ?

悪びれる様子のない貝瀬に、私はふつふつと怒りが込み上げてくる。

でも、コイツならそうだ。

気を利かせて、誰かを代わりに入れようなんてするわけない。

今までだって見てきたじゃない。

そんなことでイライラしたって仕方ない。諦めよう。

『松本さん、無理しないでね。午後に1人入れたって問題ないから!』

「ありがとうございます。これから2人目なので間に合うと思います。」

間に合う、間に合わないの問題じゃないのよ、こまちさん。

私の心配をよそに、こまちは入浴介助を進めていく。

何故か、今日の分のリネンは昨日やったらしい。

本当に、意味が分からない。


昼食の時間になった。

あれ?こまちが浴室から戻って来ない。

どうしたんだろ?何かあったのかな?

利用者さんの入浴介助は全員終わってるはず…。

「こまちちゃん来ないね。どうしたんだろ?」

いつもなら時間を見て、お昼頃にはフロアに来るのに。

『おかしいですね。』

「梨乃ちゃん、様子見て来てくれない?」

『分かりました。』

言われなくても行きますよ。

こまち、本当に大丈夫?倒れてないよね?

少し不安になりながら、浴室へ向かう。


浴室に行くと、椅子に寄りかかって、ぐったりしているこまちがいた。

私の脳内はパニック。

ど、どうすればいいの?!

室内は、冷房がついてるから熱中症ではなさそう。

じゃあ、どうしてこまちは、こんなにグッタリしているの?

管理者…。管理者を呼ぼう。

私だけじゃ対処できない。

『管理者!!管理者、すぐにお風呂場に来てください!』

私は、パニック状態のまま事務所にいる管理者を呼んだ。

「酒井さん?!どうしました?何かありましたか?」

私の声色から、普通ではないと察してくださったようで、すぐに来てくれた。

『管理者…松本さんが…。どうしましょう…?』

「たぶん、脱水症だと思います。近くの総合病院へ連れて行きましょう!」

『分かりました。準備します。』

こまちの保険証と診察券は、たしか財布の中にあるって言ってたよね。

ロッカーから、こまちと自分のカバンを持って、すぐに自分の車を施設前に回す。

「こまちちゃんどうだった?大丈夫?」

と、途中で貝瀬に話しかけられたけど、答えている余裕はない。

周りの状況を見て汲み取って!

説明してる余裕ないの!

『管理者、熱はどうでしたか?』

「38℃くらいかな。もう行ける?」

『はい!行ってきます!』

こまちを車イスに乗せて、玄関まで押して行く。


力が入らないこまちを、2人がかりで何とか車に乗せて、総合病院へ向かう車内。

出る前に、

「酒井さん、検査の結果などが分かったら連絡してください。」

と、管理者に言われた。

『はい、必ず報告します!』

と伝えた。

20分ほど走らせていると、

「ん……。ここは?」

と、意識が戻った様子のこまち。

『今、病院に向かってるから!そのお茶飲んでね!あと、5分くらいで着くよ。』

と、伝える。

こまちは、どうして自分が病院に連れて行かれるのか分かっていない様子で、キョトンとしている。

「どうして病院なの?」

『こまちが浴室で倒れてたから。浴室の冷房がついてたから、熱中症ではないって。たぶん脱水症だと思うけど、一応検査とかしてもらわないとって管理者からの指示です。』

「はい。ご迷惑おかけしました。」

『迷惑だとは思ってないよ。こまちを見つけた時パニックになったけど、今はこうして意識が戻って安心してるよ。』

「ありがとう。」

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