第29話 センタクノソウダン

前夜祭から2週間くらい経って、8月になった。

夜勤入りで出勤したら、有料老人ホームの山本管理者に会いました。

「松本さん、有料の方に戻るつもりはない?広瀬さんから聞いたと思うけど、今こっちの人手が足りてないの。それでね、こっちの要領もある程度わかってきる松本さんに戻って来てほしいの。」

と、直接お願いされました。

『前向きに検討します。すぐにお返事ができなくてすみません。』

有料へ転勤することになったら、私の代わりに居担になってくれる人を探して、今任されている業務も誰かに引き継がなければいけない。

だから、無責任に[行きます。]とは返事ができない。

利用者さんや職員も変化があると思うし、覚えられるか不安ではある。

広瀬さんともよく相談しないと決められない。

あとは、大輝さんに話すタイミングね・・・。

今日の遅番は梨乃だから、相談してみようかな。

「大丈夫よ。良いお返事を待っています。」

と、言って帰られた。

有料へ行くのは良いけれど、大輝さんに会えなくなるのは寂しい。

有料の方には、同期の茉里奈がいるから心強い。


梨乃に転勤するかもしれないと話したら、大輝さんにはしっかり相談した方がいいと言われた。

辞令が出てから転勤することを知るのは、付き合っているのに可哀想だと言われた。

そうよね。私が逆の立場だったら、頼りないのかな?って悲しくなる。

次に大輝さんと勤務が被った時に話そう。

有料へ行くことになったら、今より会う機会が減ってしまう。

「こまち、あんまり深く考えすぎちゃダメだよ!私達にはいつでも会えるでしょ?LINEも電話もできるんだから!」

と、梨乃が励ましてくれた。

『そうだよね!ありがとう!』

梨乃の言う通り。

全く会えなくなるわけじゃない。

いつでも会おうと思えば会える日はいくらでもある。

「ただ、櫻井さんにはしっかり話しておきなよ。彼氏なんだからね!」

彼氏だからこそ、心配かけたくないというのもある。

『分かった。でも、あんまり深刻な感じで話したくないの。何て切り出せばいいかな?』

「そんなの簡単よ!会う頻度が減っちゃうかも!って言えばいいのよ!」

十分、深刻な雰囲気出てない?(笑)

『なるほど?』

「こまちが明るく言えば明るくなるって!」


それから2日後。

今日は、海に行く予定。

大輝さんが夜勤明けで海に行くから、一緒に行こうと誘ってくれた。

大輝さんは、毎年この時期に日焼けをしたくて海に行くらしい。

浮き輪やイスは、大輝さんの家にあるものを持って来てくれるらしい。

大輝さんは今シーズン2回目で、私は今シーズン初海。

水着はないから、砂浜で遊んでいようかな(笑)

昨日、姉に海に行くことを話したら、ワンピース型の水着を貸してくれたんだけど、着るにはちょっと恥ずかしい。

今日は持っていないことにして、また今度行く時に着ようかな!

菜月と買いに行く約束してるし!

準備をしている間に、大輝さんからアパートに着いたとLINEが入った。


海に向かう車内。

『大輝さんは、毎年海に行って日焼けしているの?』

「うん、してるよ。日焼けだけじゃなくて、海で泳いでるよ!今年は2回目かな。」

『そうなんだ。意外と来てるんだね!私は、海久しぶりだな〜。』

社会人になってから、あまり海に行っていない。

一昨年くらいに、梨乃と菜月と茉里奈と一緒に行ったぶりかもしれない。

去年は、資格の勉強が忙してくて、海に行く気持ちの余裕がなかった。

中高生の頃は、華音の旅行にくっついて行ったこともあった。

大学時代は、みんなで海の家でアルバイトをしてた。

「俺は泳ぐけど、こまちちゃんどうする?」

『私、水着持ってなくて…。だから、砂浜で遊んでいようかな。』

梨乃と菜月と行けば、ビーチバレーとかするけど、さすがに2人では出来ないよね(笑)

「そっかあ。残念だな〜。水着は、買う予定とかあるの?」

『友達と買いに行く約束してるよ!種類が多くて1人じゃ決められない(笑)』

ネット通販は、サイズが心配だから、ちゃんとお店に行って買うつもり。

「女の子は、種類がいっぱいあるよね!こまちちゃんなら、なんでも似合うと思うよ!」

と言われた。

なんでも似合うと思うよ!って無責任じゃない?

たしかに、種類がいっぱいあるから、選ぶのは楽しい!

『ねぇ、大輝さん。ひとつ相談があるの。』

「ん?どうしたの?」

『実はね、10月から会う頻度が減っちゃうかも!』

少し明るめに言ってみたけど、効果なし(笑)

「ん?会う頻度が減る?どういうこと?今より、本業が忙しくなるってこと?」

と、状況を読み込めていない大輝さん。

『本業もあるんだけど、今は関係ないかな。私ね、10月か9月の後半に有料老人ホームに転勤するかもしれないの。』

「えっ、転勤するの?!まじ?!」

『まだ確定ではないの。でも、有料老人ホームの施設長と広瀬さんから頼まれたら行くしかないかなって思ってる。』

管理者から話があった、6月中旬頃からずっと考えていた。

そして、この前山本施設長に会って話して、もっと考えるようになった。

「こまちちゃんは、どうしたいの?グループホームに残りたい?有料へ行きたい?」

と、まるで小さな子供に話すような優しい口調で聞かれた。

『資格も取ったし、せっかくだからもっとスキルアップしたい。もっと福祉を勉強したい!

でも、大輝さんに会えなくなるのは寂しい。』

この2ヶ月くらいで、意思が固まった。

でも、口に出してしまうのが怖かった。

「そっか。寂しいけど、こまちちゃんがそう思うなら、そうした方がいいよ!スキルアップやキャリアアップは若い時にしか出来ないからね!」

『うん!今度、3人で話し合う時に言うね。』

「転勤しても、休みの日は合わせられるし、明けで体力が残ってたら会いに行くよ!」

『うん!梨乃にも同じようなこと言われた。全く会えなくなるわけじゃないもんね!』

「会おうと思えば会える日はあるから大丈夫!」

会おうと思えば会える。

そう思うと、少し気持ちが楽になった。

行かないでほしいと止められると思ったから、背中を押されてちょっとビックリした。

『ありがとう!業務の引き継ぎも正式に決まったら、管理者と相談しないと!』

「本音は、行ってほしくないけど、スキルアップを目指せるのは今しかないよ!」

大輝さんに背中を押されて、転勤を引き受ける決心が着いた。

貝瀬さんから離れられるんだから、嬉しいことでもある。

物理的に距離を置けるし、関わる機会が減るからありがたい。

離れて、今以上になるようだったら、本気で転職を考えるかもしれない。

『必ず戻ってくるからね!』

いつかは、グループホームに戻ってきたい。

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