深紅と白銀 Ⅵ

 クリスの一振りによってヴェルルが構えた小型小銃は弾き飛ばされ、その威力で粉々に砕け散った。


 ヴェルルの機体は軽く仰け反り、クリスはその隙を突く――


 よし!これで!


 しかしそれと同時に、何故かクリスのコックピットに衝撃が走った。


 「ぐっ――!?」


 ヴェルルはクリスの意識を小型小銃へ逸らしている間にクリスの機体へ思い切り蹴りを入れていた。

 

 ――蹴られた?!

 

「ヤバっ……!」


 突然の攻撃にクリスは操縦桿を強く握り機体の姿勢を保とうとするも、大きく体勢を崩し機体は大きな隕石へ機体を叩きつけられた。


 ――かと思った。ブラックブロッサムは自機の周囲の環境を把握し、全身の各部位に搭載された小型のサブスラスターで乱れた姿勢をオートで制御し、両足で隕石へ着地できるように姿勢を整えた。


 足裏のアンカークローが展開し、勢いよく隕石を削り接地すると最新のショックアブソーバーが柔らかく衝撃を逃し、屈み込む様に上手く着地した。


 観客席の訓練生からはクリスの動きに歓声が飛び、スーツ姿で視察へ来た企業関連の観客者の多くは「おぉ……」とその性能にどよめき、隣の関係者同士で性能の感想か何かをヒソヒソと話し始めた。




 機体の性能に助けられた……


 まさか攻めていると思っていた自分の方がダメージを負うなんて……普段はあんなに無口な感じなのに、流石はテストパイロット――


「戦闘になると結構クセが悪いじゃない!」と、クリスはこちらへ接近してくるヴェルルの機体を見上げ、足場となった隕石を強く蹴りその勢いを武器へ乗せる。


 再び2機のブラックブロッサムは鍔迫り合うが完全に体勢の整ったヴェルルの機体から振り下ろされた攻撃にクリスの機体は押し負ける。


「――くっ!――もっと踏ん張りなさいよ!!」クリスは前のめりに叫び、既に全開まで踏み込んでいるスロットルへ全体重を掛ける。


 すると更にテイルスラスターが唸りを上げ、徐々に押し負けていた勢いを相殺する。


 クリスは鍔迫り合いを振り解き、その勢いのまま機体の頭部を敵の頭部へ思い切り叩きつけ、弾き飛ばした。


 その衝撃でお互いのメインモニターに一瞬、ノイズが走る。


 「さっきの蹴りのお返しよ!!」と、クリスはどこか楽しそうな笑顔を浮かべ、その後も接近戦を仕掛け続けた。


 


***




――ヘッドバット!?


「フッ……」


一人掛けのソファーに座り、待機室のモニターで観戦していたアストはその喧嘩の様な戦いに少し吹き出す。隣で一緒に観戦する一花へ少し微笑みながら「2人共、中々いい腕だな」と話し掛ける。


「そうね。ヴェルルちゃんは落ち着いて、しっかりと相手に合わせた戦い方をするわね。対してクリスちゃんは性格が前面に出てるし筋が良いわ……だけど、初乗りな所為か性能に振り回されてる」


 互いに機体性能と技量の差が同等であれば、先に武器を失った方が劣勢と言える。


 ヴェルルは模擬戦時の予想通り、どの距離でも器用に戦えるオールラウンダーだ。対してクリスは頑なに小銃を使わない所を見るに、もっぱら接近戦が得意なインファイターと言った所か。


 現状、ヴェルルが小型小銃を一つ失ってはいるが、ASSAULTアサルトギアには小型小銃はもう一つ装備されている。まだ武装による差は大して開いていない。


「どちらが勝つと思う?」


「嫌な質問ね……まぁ、このまま行けばヴェルルちゃんかな」


 一花の言う通り、クリスが最も得意としているであろう近接戦で攻めあぐねているし、ヴェルルの操縦にはどこかまだ余裕を感じる分、俺もヴェルルが優勢だと思う。


 アストは今回程の腕前がヴェルルにはあると何となく予想はしていたが、ブラックロータスに搭乗していた時の射撃一辺倒だった戦い方から、ここまで接近戦にもしっかり対応できているのは予想外だった。


「だろうな。だけど――」


「最後まで分からない」


「あぁ……そうだ」

 

 恐らくクリス自身、ヴェルルの巧みな操縦、駆け引き、そういったセンスや技量の部分が自分以上に秀でている事を少しずつ感じ取っている事だろう。


 何故ならヴェルルはテストパイロットという特殊な環境、そしてグリーゼ南安全宙域防衛戦という大きな実戦を経験している。経験値で劣る今のクリスでは到底勝てる相手ではない。それほどに実戦というのは人を強くする。



 だが、この戦いを見てクリスの思い切りの良さはそれを覆す可能性を秘めていると思った。アーシア・アリーチェの様な予想外で型破りな動き、それができる度胸との素質が彼女にはある。


 

 その力をこの模擬戦でどこまで発揮できるか――


 


 フローレンス、クリスがどこまでやれるかしっかり見ておけよ?




***




 サクラメント・エレクトロニクス 専用軍事演習場では自分が設計した2機のブラックブロッサムが何度も実体剣を激しくぶつけ合い、火花を散らしている。


 最初こそ優勢に戦いを進めていたヴェルルに相手のクリスティアナが食い下がり、徐々に対等に渡り合おうとしている。


 そんな戦闘をフローレンスはサクラメント関係者専用の観戦席で1人、モニター越しに観戦していた。


 

 本当にヴェルルとここまで接戦できるなんて……それにあの戦い方……


 フローレンスは荒々しいクリスの戦い方にクスッと笑う。

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