深紅と白銀 Ⅵ´

――模擬戦前日――


北暦291年

ケプラー日時 1月2日 15:57

サクラメント・エレクトロニクス 社長室




「――とまぁ、当時の 誰かさん九条一花 に似た子が配属されたって訳さ」


「だけど九一くいちに似てるからってだけで色々と動いて上げ過ぎなんじゃないの?模擬戦まで予定しちゃって」


「それは今回の任務の相手はENIMエニムではなくDD、人間だからな。2人の実力は事前に知っておきたい。」


「ふーん……なるほどね。今回の情報は見ているわ。宇宙海賊Cypherサイファー……随分と厄介そう」


「厄介だろうな。現に第13艦隊の護衛部隊がやられる程の手練れだ。それに犯罪集団とはいえ初任務の相手が人間というのは酷だろう。力量によっては新人3人の出撃は見送ろうとも思っているが……」



 アストは少し冷めたコーヒーを口にし、飲み込むと話題を変えた。



「――それと、頼んでいた2つの件はどうなりそうだ?」


「"餌"自体の準備は確実に間に合わせる。だけど喰いつかせる為の情報までは用意できないわ」


「そこは問題ない、一花と第3艦隊、ガルシア司令官に一役買って貰う」


「……ガルシア司令官が乗ってくれるかしら?」


「俺も含め、可愛い元部下達の頼みだ。きっと動いてくれるだろう。それに――何かあった時は迷わず私に連絡しなさい――って言ってくれたしな」


 アストが煙草を吸う仕草でガルシア司令の下手なモノマネをすると、フローレンスは少し笑った。


「それで、もう1つの方は出来そうか?」


「それは……明日の模擬戦次第……かな」


「結果次第ではやってくれないのか?」


「あと3日。いえ、ほぼ2日で間に合わせるのは正直、骨が折れるわ……」


「それなら、下準備だけでも進めておいてくれ。搬入自体は出航ギリギリでも何とかなる」


「構わないけれど……クリスティアナさんならヴェルルと良い勝負ができると思ってる?」


 アストはその質問に対し端末を弄り始める。


「――クリスの情報を送ったから確認してみてくれ、驚くぞ」

 

 フローレンスは受信した情報の件名を確認する。――――これが何だというのだろうか。


「――時間がある時に確認する」


「そうしてくれ。まぁヴェルルの様なテストパイロット相手にどこまで善戦出来るか分からないが……彼女にはそれだけの実力があると俺は思う」






――現在――




 フローレンスは端末でアストから受け取っていたクリスの訓練生時代の情報を開く。


「――なるほど……」


 士官学校入校から卒業までの彼女の成長記録が記された項目。その内容は、異常そのものだった。


 まず目に入るのは座学、実技等全ての項目が平均以下の成績。Drive Dollドライヴドールの操縦技術はほぼ適正無し。到底パイロットになれる才能は彼女には無いと思ってしまう。そんな内容だ。

 

 ただそれは半年以上前までの話。フローレンスは情報をスクロールする。


 じわじわと頭角を現し始め、卒業の約3か月前から突如として優秀な成績を全ての項目で叩き出し始めている。特に訓練生全体で行う模擬戦では必ず上位5名以内には必ず名前があり、現在の彼女の強さを物語っていた。


 彼女には秘めたる才能があったのか、それとも血の滲むような努力の結果か、将又その両方か――

 

 アストが伝えたかった事、それはクリスが普通では有り得ないほどの異常な急成長を遂げているということ。


 そしてその成長は今も尚――

 

 

 フローレンスは端末から再びモニターに視線を戻す。

 


「それでも、ヴェルルには及ばないわ……」



 



「はぁはぁ――っく!!あと少し、ヴェルルの先を!」


 息を荒げ、苦しそうにしながらもクリスはヴェルルとの攻防を超えようと全力以上の接近攻撃を繰り出す。


「絶対に勝つ!」


 彼女の気持ちに応えるようにブラックブロッサムは修羅の如くヴェルルの機体に迫り続ける。


 何度目の鍔迫り合いだろうか?


 互角の攻防が延々と続く、クリスから見ればまるで自分自身と戦っている様な錯覚さえ感じ始めていた。

 


 対してヴェルルはクリスと同等の操縦をしているのにも関わらず息一つ乱さず淡々と戦いを続けている。


 クリスと約束した通り真面目に、そして今の状態の全力で戦いに挑んでいるつもりだ。


 ヴェルルからすると、初めは後一歩で押し切れそうな手応えだった。しかしクリスの反応速度が徐々に上がってきているお陰でどうしても止めを刺しきれずにいた。



 

 そして互角の攻防の末、とうとうクリスの反応速度が一瞬だけ勝り、ヴェルルの機体が振るう実体剣が弾き飛ばされる。


 クリスは苦しくも歯を食いしばり歓喜の表情を浮かべ、勝利を確信する。


「――った!」


 スラスターペダルを思い切り踏み込み、勢いよくヴェルルの機体へ突撃する。


 コックピット内のサブモニターに映るハイブリッドシステムの機能項目が自動的にオフへと切り替わる。

 

 ブラックブロッサムもブラックロータス同様フォトンストリームエンジンを搭載しているが、そのままでは従来の武装ギアを使用した際オーバーフローを引き起こす為、旧式のエンジン機構を配列し、フォトンストリームエンジンが生み出す莫大なエネルギーを対応可能にアシスト(制限)する苦し紛れの機能が備えられている。


 10分間以上も想定超える激しい近接戦闘を続けたクリスのブラックブロッサムは制限状態レストリクションモードであるにもかかわらず、武装ギアに対応する為の旧式の原動機側がクリスの無茶な操縦に追いつかなくなっていた。


 そうなった場合、機体側が最大稼働状態へと移行し、フォトンストリームエンジン単一のエンジンへとシフトする。


 その状態のブラックブロッサムの性能は出力だけを見ればDrive Dummyドライヴダミーに引けを取らない。


 胸部排熱ダクトからは、排熱と共に最大稼働に移行した際の強制冷却時 特有の白銀の粒子が散布され、全身に纏うと漆黒の機体の輪郭が輝いている様に見える。

 

 制限された状態でそこへ至ったクリスのブラックブロッサムにフローレンスは驚く。


「まさか制限状態レストリクションモードの機体でここまで性能を引き出すなんて……」


 クリスティアナ・ジゼル・タチバナ。彼女の潜在能力は既に従来のDrive Dollドライヴドール という枠では収まり切らない。


 アストはどこまで見据えていたのだろうか。


 あれを進めるのに値する実力だと認めざるを得ない。


 フローレンスは最大稼働状態のブラックブロッサムを相手にするヴェルルを少し心配する様な目で見詰め「――使うのね」と呟いた。




 武器を抜く暇もなく窮地に追い込まれた状況でもヴェルルの表情は変わらず、ある言葉を呪文の様に呟く。


 「――イミテーション……」


 ヴェルルの赤い瞳が深紅に灯る。


 懐へ飛び込んでくるクリスの機体に対しヴェルルは巧みな操縦で180°側転し、上下逆さまになった。


 突撃したクリスの機体が振るう実体剣は側転するヴェルルの機体と同じ方向へ振るった所為で空を切り、突如目の前に現れたブラックブロッサムの脚先へ機体の腹部が追突する。


 その衝撃でヴェルルのブラックブロッサムは逆さまから ぐるり と元の上下へ体勢が戻り、丁度よく通過したクリスの背後を取った。

 

 ヴェルルは回転している際に引き抜いていた2丁目の小型小銃を無防備なクリスの背部へ向ける。


 一瞬の出来事だが見たこともない背後の取り方に観戦席全体が歓声と共に沸き上がる。


 

 アストもその見覚えのある動きに思わず立ち上がった。


「なっ!?」


 ――実戦を想定した動きじゃないと誰の手本にもならない――



 自分がそう思っていた事を真っ向から覆された。



 そしてあの動きは真似たというよりもあの時のアーシアの動きを完全に再現した様だった。

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