深紅と白銀 Ⅳ

北暦291年

ケプラー日時 1月3日 15:14

サクラメント・エレクトロニクス 専用軍事演習場


 軍事演習場全体を見渡せるサクラメント関係者専用観戦席に春夏秋冬一花ひととせいちかとフローレンス・N・ウールウォードの姿があった。


「うわ……観客多いわねー。これじゃ模擬戦て言うより式典ね」

 

 一花は観客席の埋まり具合と盛り上がりに驚く。

 

「ウチのブラックブロッサムのお披露目デモンストレーションみたいなもんだからねー。宣伝できると思って上層部の人と士官学校、あと興味ありそうな人達にも粗方呼び掛けてみたわ。急だったけど意外と来てくれたみたい」


 そう嬉しそうにフローレンスは言うも、一度大きなあくびをする。

 

「何?寝不足?」


「えぇ、そうなのよ。アストから頼まれ事されちゃてて。でもまぁ昨日も直接話して下地は出来てるから」


「それは出港までに間に合いそうなの?」


「多分間に合う。ただ……」


「ただ?」


「この模擬戦で、それをやる意味があるかどうか……確かめたいと思っていてね」


「……ふ~ん。おっと、そろそろ時間ね!私はアストの所へ行くわ!」


 相変わらず元気に去っていく一花に対し、少々疲れ気味なフローレンスは手をヒラヒラと振るだけの返事をした。


「さて、面倒だけど挨拶して、私も一度ヴェルルの所へ行かないと……」


 専用観戦席にある設備のマイクをオンにし軍事演習場に集まった観客に挨拶をする。


『サクラメント・エレクトロニクス代表、フローレンス・N・ウールウォードです。急な招待だったにも関わらず、お集まりいただきありがとうございます。本日はサクラメント・エレクトロニクスが開発致しましたDrive Dollドライヴドール FourP-S008 ブラックブロッサム同士による模擬戦を行います。今回のパイロットはどちらも士官学校を卒業したばかりではありますが――』




 そんなフローレンスの挨拶はパイロット控え室にもしっかりと放送されていた。


「緊張してるのか?」


「べ、別にしてないわよ!」


 アストは少し硬い表情のクリスを揶揄からかう。


「まさかこんな大勢の前で戦うとは思ってなかっただけ!」


「俺もこんなに大事おおごとになるとは思わなかったよ。まぁ祭り事が好きな2人が居るから必然だったかもしれないが」



 祭り事が好きな2人が誰か思い浮かばないクリスは「意味わかんない……」と呟きながらサクラメントが開発した専用のパイロットスーツの各部位を手で触り最終確認をする。

 

 赤いラインの入った黒いタイトなパイロットスーツは従来の重装型パイロットスーツに比べかなり軽そうに見える。


 そして赤い髪のクリスにそのデザインはよく似合っている。まるで専用カラーのパイロットスーツだ。


「似合うな」


「……それはどうも」



 思った事をつい口走ってしまった所為で放送が流れているにも関わらず待機室が静まり返った感じがした。


『では、 15:30に開始いたしますので、もうしばらくお待ちください。』


 運良くフローレンスの挨拶が終わり、アストは仕切り直す様に声を掛ける。


「そろそろ出撃だな。クリス、最後に一言だけ言わせてもらうが――」

 

 その時、控え室の自動扉が開き「もうちょっとで出撃ね!」と一花がタイミング悪く入ってくる。


「……あら、お邪魔だったかしら?」


 アストは真剣なクリスの表情と少々軽薄な一花の顔を見比べ、溜め息をつき、続けた。


「観客が居ようが居まいが、せっかくの模擬戦だ。悔いない様にやって来い」


 アストは俯いたままのクリスにそっとヘルメットを渡す。


 「……言われなくても、分かってるわ」とアストの瞳を上目遣いで一瞬だけ見るとクリスはヘルメットを受け取り、少し恥ずかしそうに再び目を逸らした。


 一花が見ている前だから尚更恥ずかしいやり取りに感じたのだろうか?



『ヴィジランスイエローを想定。パイロットは搭乗機で待機。繰り返す。ヴィジランスイエロー。パイロットは搭乗機で待機』



「よし!行って来い」


 クリスはアストの最後の一言に少し照れながらも「――っ!了解!」と返事をし逃げる様に待機室を飛び出す。

 

 クリスが勢いよく一花と待機室の出入り口ですれ違うと2人の赤と黒の長い髪が同じ様に靡く。


 一花は待機室を出ていく赤髪の少女へ「行ってらっしゃい」と優しく声を掛けた。が、彼女の姿が見えなくなると少し寂しい表情を浮かべる。



「なんだか昔の自分を見ているみたいで胸が痛いわね」



「あぁ、昔の九条一花に、彼女はよく似ているよ」



 アストと一花はかつて、今日と同じ様なやり取りをしたことを思い出すと、小さく笑い合うのだった。




一方、ヴェルルの待機室には挨拶を終えたフローレンスが立ち寄り、声を掛けていた。


「パイロットスーツも大丈夫そうね」


「大丈夫ですマスター」


「ブラックロータス程の機体じゃないから無理な操縦は控えなさい」


「了解ですマスター。ですが今回は真面目にやらなければなりません」


「真面目?」


「はい、クリスと約束しました」


 そう言うヴェルルの顔は無表情だが何処か嬉しそうにも見える。



『ヴィジランスイエローを想定。パイロットは搭乗機で待機。繰り返す。ヴィジランスイエロー。パイロットは搭乗機で待機』



「そう、それなら目一杯やりなさい」


「了解ですマスター」


 ヴェルルもまた、待機室の出入り口でフローレンスとすれ違う。


 Drive Dollドライヴドールの元へ駆ける彼女の背中を見送ると、再びサクラメント関係者専用の観戦席へと1人戻って行くのだった。

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